夏目漱石とは?エピソードや歴代の千円札について紹介!

リリース日:2019/07/05 更新日:2026/01/15

夏目漱石は、近代日本文学を代表する文豪のひとりです。漱石の作品は現代でも多くの人々に読まれ、教科書にも掲載されています。

ここでは、かつて日本の千円札の顔として親しまれていた夏目漱石について、千円札に起用された期間や生涯、エピソードなどを紹介します。

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  1. 夏目漱石が千円札に起用された時期
  2. 過去の千円札起用人物
  3. 夏目漱石の人物像・偉業
  4. 夏目漱石の逸話

夏目漱石が千円札に起用された時期

日本の旧千円札表面のクローズアップ

夏目漱石は、1984年(昭和59年)から2007年(平成19年)まで千円札の肖像として起用されました。現在でも夏目漱石の千円札はお店で使ったり、銀行で預け入れたりすることが可能です。

 

ただし、自動販売機やATMなどでは利用できないこともあるので注意しましょう。

過去の千円札起用人物

これまでに千円札に起用されたことがある人物は、以下のとおりです。

流通時期 肖像
1950年1月7日~1965年1月4日 聖徳太子
1963年11月1日~1986年1月4日 伊藤博文
1984年11月1日~2007年4月2日 夏目漱石
2004年11月1日~現在 野口英世
2024年7月3日~現在 北里柴三郎

 

聖徳太子は飛鳥時代の皇族で、政治家ともいえます。推古天皇を助けて法律や冠位の制定、国史の編纂などに携わった人物です。伊藤博文も政治家で、初代総理大臣として知られています。

 

一方、夏目漱石は政治家ではなく作家です。また、野口英世と北里柴三郎も政治家ではなく、学者です。野口英世は医師として、北里柴三郎は医学者や教育者として活躍しました。

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夏目漱石の人物像・偉業

夏目漱石の逸話

夏目漱石は、多くの人々に知られている作家のひとりです。教科書などにも取り上げられており、ほとんどの人が1度は漱石の書いた文章を目にしたことがあるでしょう。 漱石の人生について、簡単に紹介します。

 

夏目漱石は1867年に生まれました。当時の名前は「金之助」で、父親が51歳、母親が42歳の時に生まれた8番目の子でした。生まれてすぐに里子に出されましたが、ほどなく生家に戻り、さらに別の家に里子に出された後も再び生家に戻るという経験をしています。実の両親を祖父母だと教えられていた漱石は、不遇な幼少時代を過ごしたといえるでしょう。

 

とはいえ、父親は学費を惜しむことはなかったため、漱石は大学予備門へと入学を果たします。その後、東京帝国大学英文科を首席で卒業し、英語教師として働き始めました。この時期は、親友の正岡子規とともに俳句を楽しむなど、漱石にとって非常に充実したものでした。

 

1900年、33歳の時に文部省の命令でロンドンへ留学することになります。ところが、国から支給される留学費用が足らず、金策に苦しみました。このロンドン留学中に漱石は神経症を患い、「もっとも不愉快な2年間なり」と書き残すほど、苦しい時期を過ごすことになりました。

 

帰国後は東京帝国大学英文科の講師として働き始めましたが、生徒からの人気は低く、神経症も再発してしまいます。その際、正岡子規の弟子である高浜虚子が夏目漱石に小説の執筆をすすめ、有名な「吾輩は猫である」が発表されました。 

 

その後も「倫敦塔」や「坊ちゃん」など、今も愛され続けている小説を書き続け、40歳の時に講師を辞め、新聞社に入社して本格的に作家として生きていくことを決意します。新聞社に入社して最初に書いた小説は「虞美人草(ぐびじんそう)」でした。

 

「坑夫」「夢十夜」「三四郎」「それから」と、精力的に執筆を続けながら、漱石は木曜会と呼ばれる面会日を設け、数多くの後進を育て始めました。木曜会の参加者には、鈴木三重吉、久米正雄、芥川龍之介、内田百閒、菊池寛などがいます。

 

漱石の小説執筆は、神経症をはじめとするさまざまな病との戦いでもありました。特に43歳の時、「門」の執筆中に胃潰瘍で倒れた際は生死の境をさまようほどの病状になってしまいます。

 

この時は一命をとりとめたものの、その後も胃潰瘍や神経衰弱、痔、糖尿病など多くの病に苦しめられました。そして49歳で、胃潰瘍による内出血のため、惜しまれつつ亡くなりました

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夏目漱石の逸話

夏目漱石の人物像・偉業

夏目漱石の人柄を知ることのできる逸話に、「博士号辞退」があります。漱石が44歳の時、文部省から届いた「文学博士」の学位記を送り返し、辞退したのです。この時、漱石は胃腸病院に入院中でした。

 

この数日前、博士号を授与するとの通知を受けた漱石は、電話で辞退を申し入れていましたが、入れ違いで証書が届いてしまいました。

 

漱石はロンドンに留学していた頃から、「博士になるつもりはない」という意思がありました。その思いを貫き、博士という肩書きをありがたがることなく、辞退の手紙の一節で「ただの夏目なにがしで暮らしたい」という希望を示したのです。

 

また、漱石にまつわる有名なエピソードに、「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという話がありますが、これは事実ではないとされています。英文科の教師をしていた時期の漱石の講義は真面目な内容で、このような洒落た訳をしたとは考えにくいとされています。

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かつて千円札の顔だった夏目漱石が現代に生きていたら、お金とどのように向きあったでしょうか。私たちも日々の生活で、お金の使い方に頭を悩ませることは少なくありません。

 

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※この記事は2025年10月時点の情報をもとに作成しております。

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このテーマに関する気になるポイント!

  • 夏目漱石が千円札に起用された期間はいつからいつまでですか?

    夏目漱石が千円札に起用された期間は、1984年(昭和59年)から2007年(平成19年)までです。現在でもこの千円札はお店で使ったり、銀行で預け入れたりできます。

  • 夏目漱石はどのような経歴を持つ人物ですか?

    夏目漱石は1867年に生まれ、大学予備門を経て東京帝国大学英文科を首席で卒業しました。英語教師として働いた後、ロンドン留学を経験し、帰国後は小説家として「吾輩は猫である」など数々の名作を発表しました。

  • 夏目漱石が辞退した「博士号」とは何ですか?

    夏目漱石が辞退したのは、文部省から授与される予定だった「文学博士」の学位です。彼は「ただの夏目なにがしで暮らしたい」という思いから、この名誉ある称号を辞退しました。




平林恵子
この記事を書いた人
ファイナンシャル・プランナー
平林恵子

※本著者は楽天カード株式会社の委託を受け、本コンテンツを作成しております。

人事労務関係の仕事からライターへ転身。経験を活かしてコラム執筆を行っています。2017年、見識を深めるためにFPの資格を取得しました。税金や給与計算などに詳しくない方にもわかりやすい解説を心がけています。

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