そのためだけに旅に出る NIPPON ONE THEME TRIP

自然放牧の山で過ごす至福の日々

〜岩手・なかほら牧場〜

牧場といっても、観光客向けの牧場とはまったく違うのである。レストランもなければ、売店もない。あるのは、牛と人間が力を合わせてつくり上げた見事な景観と、新鮮な山の空気。そして、自然のままにのびのびと生きる牛たちの姿。そこから生まれる甘くてやさしい牛乳は、一般の牛乳が苦手な人にも勧めたくなるおいしさだ。1年を通じて、昼も夜も山に放牧する「山地(やまち)酪農」で知られる「なかほら牧場」は、全国から見学者や研修生を受け入れている。さっそく申し込み、数日間の牧場生活を体験した。

ジープに乗って山へ。
雄大な景色と牛の姿に驚嘆

岩手県の盛岡駅から路線バスに乗り、緑豊かな山道を走ること約2時間。「岩泉病院前」のバス停で降りると、牧場スタッフの山田満奈美さんが車で迎えに来てくれていた。そこからさらに山の奥へと進み、約30分で牧場に到着。荷物を置いて手続きをすませると、牧場長の中洞(なかほら)正さんが、山仕事用の黄色いジープを玄関先に回してくれた。この牧場を、30年以上かけてつくり上げてきた人だ。敷地内を、ひとめぐり案内してくださるという。

「しっかりつかまって!」
荷台に飛び乗り、バーをつかむと、ジープは山の斜面を一気に駆け上がった。次の瞬間、目の前に現れたのは見渡すかぎりの野芝の草原だ。広葉樹や針葉樹の林が点在し、絵のように美しい。そして、空気のおいしいこと。標高約700〜850メートルの山の中に、こんな世界が開けているなんて!

牧場の広さは約50ヘクタール。野球場のグラウンド部分約50個分だ。その敷地内を牛たちが自由に歩きまわり、思い思いに草や木の葉を食べている。生まれたばかりの仔牛を連れた母牛もいる。牛たちは筋肉質でたくましく、600キロにも及ぶ体重をものともせずに斜面を登り、沢を下る。もっと鈍重で、寝てばかりいる動物なのかと思っていた。次々と目の前に現われる予想外の光景に、私の口は、「うわあ…」と開きっぱなしだ。

「触ってみますか?」と促され、近くにいた牛を恐る恐るなでてみた。ツノの後ろなど、かゆいところを爪でかいてやると気持ちがいいらしい。大きな目を細め、頭を寄せてくる姿は思った以上にかわいくて、怖くない。どの子も優しい目をして、表情が穏やかなのだ。意外なことに、臭いも感じない。自然の中で、本来の食べものである草を食べ、ストレスなく暮らしている牛ってこうなのか。これが本来の姿。人間も同じかもしれないなあ。まだ着いて間もないけれど、私はすっかりこの牧場が好きになり、清々しい気持ちでいっぱいになっていた。

クリームのような
乳白色のミルク

夏も冬も、1日中、山で過ごす牛たちがおりてくるのは1日2回。朝と夕方の搾乳タイムだ。牛たちには1頭1頭、名前がついている。時間になると、スタッフは牛たちを山に迎えに行く。名前を呼びながら牛を追っていく光景は、『アルプスの少女ハイジ』の世界そのものだ。

搾乳の様子も見せてもらった。声をかけながら、1頭ずつ丁寧に乳を搾る。「搾乳は、牛の状態を把握するとともに、コミュニケーションをとって信頼を築くための大切な時間でもあるんです」と話すのは、リーダーの牧原亨さん。穀物の配合飼料を与えたり、人工的に妊娠・出産させたりといったことも一切行わない。すべて牛に任せているから、搾れる量は多くはないけれど、牛乳の味は格別だ。まるでクリームを飲んでいるようなやさしい甘さ。色も真っ白ではなく、黄色味を帯びたやわらかい乳白色。草を食べている牛のミルクはカロテンの色が出るらしく、これが本来の牛乳の色なのだそうだ。

日が暮れると、搾乳を終えた牛たちは、ゆっくりと山に帰っていく。私たちもそろそろ夕食の時間だ。宿泊場所は、敷地内にある研修用の施設。中洞さん夫妻やスタッフとの共同生活に混ぜてもらう体裁だ。お風呂で汗を流し、ログハウスのようなリビングで食卓を囲む。いい空気を吸い、山を歩き回った後のごはんはおいしくて、お代わりをしてしまうほど。「そして、酒もうまい!」と中洞さん。普段はほとんど飲めない私も、お酒が進んでしまうから不思議だ。

スタッフには、若い女性も多い。大学卒業後、中洞さんの下で4年間学んだ島崎薫さん(27)は近々独立し、来春、故郷の神奈川県で自身の牧場を開く予定だ。「女性1人でも牛を放牧し、山地酪農を実践できることを世の中に見せていきたい」。そんな先輩の後を追うのが、今年4月に入社した20歳コンビ、笠原ひかりさんと豊田千波さん。それぞれの話をワイワイと聞きながら楽しいひとときを過ごし、翌朝に備えて早めに就寝。なんとぐっすり眠れたことか。

牛の力を借りて山仕事。
「千年続く牧場」を目指して

見学で滞在する場合、とくに決まったプランやサービスはない。翌朝、ゆっくり起きて牧場を散策し、1日中のんびり過ごしてもいいし、早朝に起きて、牛乳のびん詰めや搾乳の様子を見学してもいい。私たちは、中洞さんと一緒に山に行き、山仕事を見せていただくことにした。

なかほら牧場では、今年5月から、隣接する30ヘクタールの山林も借り受け、新たな放牧地として開拓を進めている。ここでも牛が大活躍。人間が入ることのできない、雑木林に生い茂るクマザサのヤブにもどんどん入って行き、食べ尽くしてくれるのだ。
「林業で大変な“下草刈り”を、牛がやってくれるのです。そうすれば、人間が入って山を整備できる。放置されて荒廃した日本の森林も、牛を放牧することで蘇らせることができるんです」

仕事の合間に、山菜やキノコも採取。朝の仕事を終えた後の、ごはんのおかずだ。ここにいると、人間も動物も植物も隔てなく、自然の一部であることがよくわかる。中洞さんが見すえるのは千年先の未来。その山づくりを見に、牛たちに会いに、また戻ってこよう。できることなら、今すぐにでも!

Data

なかほら牧場
岩手県下閉伊郡岩泉町上有芸水堀287
TEL:050-2018-0112
http://nakahora-bokujou.jp/
1年を通じて牛を畜舎に戻さない通年昼夜型放牧、自然交配、自然分娩による山地酪農を実践し、乳製品製造・販売まで一貫して行う。見学や研修は事前予約が必要。上記ウェブサイトにて詳細を確認し、まずは問い合わせを。

牛乳、アイス、プリン、ヨーグルト、グラスフェッド(牧草飼育)バターなどの製品はオンラインでも購入できる。定期購入できるほか、お中元などのギフトとしても好評だ。
楽天市場店 https://www.rakuten.ne.jp/gold/nakahora-bokujou/

Iwaizumi more info.

古くから酪農が盛んな岩泉町は、豊かな自然の宝庫。日本三大鍾乳洞のひとつ「龍泉洞」(写真)は、なかほら牧場から車で約30分の距離にある。ドラゴンブルーと呼ばれる深い青色の湖と鍾乳洞が織りなす神秘的な光景は一見の価値あり。近くの「うれいら通り商店街」にある手仕事工房「てどの蔵」にも立ち寄ってみたい。併設の店舗「横屋手しごとや」では、国産ナラの木を炭で焼いた「祝炭(いわいずみ)」など、昔ながらの味わい深い品々を購入でき、お土産にもおすすめだ。
龍泉洞 http://www.iwate-ryusendo.jp/
てどの蔵/横屋手しごとや http://www.tedonokura.com/

photo: Keiko Mizukai text: Reiko Kado

岩手をもっと楽しむ

盛桜閣

盛岡に数多い焼肉店の中でも、ここ「盛桜閣」は幅広い年代のファンでいつも賑わっている人気店です。選りすぐった最上級の黒毛和牛をていねいに仕込み、さらに、注文を受けてから味付けをすることで、「美味しい」ことにこだわり続けています。また、盛岡といえば名物は冷麺。盛桜閣の盛岡冷麺も、スープ、麺、キムチのすべてに妥協を許さず、最高のバランスを追求しています。盛岡駅前の目の前という絶好のロケーションも魅力の一つです。

岩手県盛岡市前通15-5 GENプラザ2F
019-654-8752
http://www.gen-plaza.com