そのためだけに旅に出る NIPPON ONE THEME TRIP

vol.04

自分のためだけにつくる
魔法のようなフルオーダー万年筆

〜鳥取〜

万年筆。いつかは手にしたいと憧れながら、これはと思える1本を見つけられずにいた。そんなとき知ったのが、鳥取市の小さな筆記具専門店「万年筆博士」。持ち方や書き癖など、個人の特徴に合わせてオーダーメイドの万年筆をつくってくれるという。しかも、1カ月に12本前後しか仕上げられないという究極の手づくりの品だ。意を決して鳥取へ向かうと、思いもかけない出会いが待っていた。

一人ひとり異なる
万年筆のカルテ

手書きの文字には、気持ち以上の何かが宿る気がして、社会人になって以来、個人の名刺は手書きで通してきた。手紙や年賀状も自分の手で書きたいが、気に入った字が書けないと嫌になり、筆記具を取っ替え、引っ替え。それでもしっくりこなくて、大量の葉書を無駄にした末、早々に年賀状は廃止した。出しそびれた手紙も数知れない。

そんな私にぴったり合う万年筆なんてあるのかな。どんな人がつくってくれるのだろう。期待と好奇心に心躍らせながら、予約した時間に「万年筆博士」のドアを開けると、3代にわたってお店を守ってきた山本さんご一家が、温かい笑顔で迎えてくれた。

「万年筆博士」には、世界的にも類のない、独自の「万年筆カルテ」がある。考案したのは、2代目社長の雅明さん。デジタル化の波に押しつぶされそうになりながら、万年筆の文化を残そうと、壮絶な覚悟で世界初のフルオーダー万年筆づくりに取り組んだのも雅明さんだ。その志を継ぎ、3代目社長兼、唯一の万年筆職人として最前線に立っているのが長男の竜さん。40代の若さながら、「この道」と定めた人の強さ、潔さがその身にあふれている。まだあまり話もしないうちから、これはただ事ではないと感じるものがあった。もしかすると私は、とてつもないものを手にすることになるのかもしれない。

カルテづくりの所要時間は、およそ1時間。用途などの希望を伝えたあと、試し書き用の万年筆で、住所や名前を書いていく。私の希望は、仕事用のメモから手紙まで、毎日持ち歩いて使える書きやすい万年筆。竜さんは正面に座り、文字を書く様子をいろいろな角度からじっと見定める。
「こんなに癖のない、お手本のような字を書かれる方は珍しいです。使い方も器用ですね」
内面を言い当てられたようで驚いた。そうなのだ。小さい頃から転校生で優等生。何でもお手本のようにこなせるけれど、自分を出す勇気がない。
「ええ、癖のある字が書けなくて。だから、癖のある字に憧れたりもします」
雑談のように話しながら、素材や形を選ぶ。希少な「かりんのこぶ材」にひかれたが、漆塗りの工程があるため21カ月待ちと聞き、美しい「本紫檀」に決めた。サイズや重さの微妙なバランスも、一人ひとりに合わせて設計される。それもパソコン等は使わず、すべて竜さんの頭の中で。

一瞬の中に
無限の美しさを見る

オーダーを終え、そのまま市内観光に出かけてもよかったのだが、どのようにして万年筆がつくられるのかを見たくて、しばらく滞在させていただくことにした。工房はガラス張りで、店内にある。道具はどれも見たことのないものばかり。それもそのはず。つくる人も使う人もいなくなった何十年も前の道具を復刻させるべく、一つひとつ分解して設計図を書き起こし、部品を探し、各地の職人を訪ね歩いて刃の素材や焼き入れ温度を研究したという、気の遠くなるような努力の末に竜さんがつくり上げたものなのだ。道具の復刻に費やした時間は7年半。万年筆づくりの技術も、昔気質の先代職人から手取り足取り教わることもできず、音や、砥石の減り具合などを頼りに、自力で習得してきたという。

中でも、いまやほとんどできる人がいないという高度な技が「四山ねじ切り」。万年筆のキャップを開閉するためのねじを刃物で切ってつくるのだ。ねじの厚さはわずか0.3ミリ。一瞬の手元のぶれ、心の乱れですべてが台無しになる。竜さんは、刃物を念入りに研ぎ、息を整え、ここぞと決めた位置に刃物をピタリと当てる。一点を見据え、心を定め、息を止めて一気に素足でろくろを回す。シャーッ、シャーッ、シャーッ、シャッ。音が変わった瞬間、ろくろを止める。目で確かめ、何度も触り、「よし」と一言。なんという技と気合い。このすべてが、たった1人のためだけに注がれるのだ。

見ているうちに、奇妙な感覚に陥った。余計なものがすっと抜け落ち、ぼんやりとした意識と感覚だけを残して自分の体がなくなっていく感じだ。ここで起きていることも、一瞬だけど一瞬ではないような。竜さんの無心が伝わって、私も無の境地を見せてもらったのかもしれない。ただひたすらに美しかったこの感覚が、今もなお残っている。

自分だけの味がある
こんな字を書きたかった

500以上にも上る工程をすべて見ることはできないが、見られるだけ見ていたくて、翌日、その翌日と可能な限り滞在を延ばし、お店にいさせてもらった。雅明さんとの会話、妻の啓子さんがいれてくださったコーヒーの味、すべてが大切な旅の思い出だ。

そして後日。待望の万年筆が届いた。桐の箱に納められ、イカ墨のセピアインクで書かれた手紙(竜さんは「おたより」と呼ぶ)が添えられている。美しく磨き上げられた万年筆は、重さも手触りも絶妙で、しっくりと手になじむ。持つだけで不思議に心が落ち着き、ずっと前から知っていたような懐かしさもある。

同じイカ墨のインクを使って字を書いてみた。なんだろう、この軽やかさは。筆のようで、羽根のようで、楽器のようで、きちんとした字も、さらさらとした字も面白いように書ける。これほど力を抜いて書けるとは驚きだ。しかも、これまでとは少し違う私の字。聞けば、あの一言を覚えていて、書きやすさに加えて味わいが出るよう、ペン先の調整や胴軸のバランスを考え抜いてくださったのだという。恐れず、自分の持ち味を出しなさい。そう背中を押された気がする。書くのが楽しくてたまらなくなる、自分だけの万年筆。つくってもらって本当によかった。

この万年筆は、山本竜さんそのものであり、ここで出会った方々そのものであり、私そのものだ。縁者の中に、必ず1人は筆跡の似た人物が現れるというが、いつか、その誰かにこの万年筆を託す日が来たら、どんな人の手で、どのようにつくられたものかをたくさん話して聞かせたい。その前に一筆、「万年筆博士」の皆さんへ。
<もう1本、少し字幅の太い万年筆もつくっていただきたくなりました。必ずまたお訪ねします。近いうちに!>

Data

有限会社 万年筆博士
鳥取県鳥取市栄町605
注文から納品まで、約12カ月待ち。セルロイド製は5万円〜、銘木製は9万円〜(いずれも税別)。詳細および予約、問い合わせはwebサイトで。
営業時間:9:30〜19:00(日祝は18:30まで)
水曜定休 祝営業
JR鳥取駅から徒歩5分
http://www.fp-hakase.com

毎年2回、東京で個別の受注相談イベントも開催している。次回は2016年3月4日(金)〜6日(日)で残席わずか。webサイトより要予約。

Tottori more info.

鳥取駅からは、鳥取砂丘や、神話「因幡の白うさぎ」で知られる白兎海岸や白兎神社などに足を延ばせる。鳥取は、伝統的な「因州和紙」の産地でもあり、紙すき体験をしたり、万年筆に合う便せんや封筒をお土産にするのもいいだろう。夕食は、絶品の松葉ガニを味わえる名店「かに吉」で。「大将の山田達也さんは、地元で唯一、魂の共鳴する方」(山本竜さん)。本当のものだけを追求する姿勢が2人に共通している。
かに吉 http://www.kaniyoshi.com/

鳥取をもっと楽しむ

妖怪饅頭総本店

鳥取は、昨年惜しまれつつ世を去った漫画家・水木しげるさんの故郷。生まれ育った境港市には「水木しげるロード」や「水木しげる記念館」といった観光名所があり、水木さんが描いた妖怪たちもすっかり市の顔になっています。そんな鬼太郎や目玉おやじといった人気キャラクターがかわいいスイーツになったのが「妖怪饅頭」です。こしあん、カスタード、チョコレート、くりあん、抹茶クリームの5種類があり、「妖怪新聞」のパッケージはお土産にしても喜ばれそう。旅の合間に、「水木しげる記念館」並びの総本店へ足を運んでみてはいかがですか?

鳥取県境港市本町9
tel.0120-30-8128
http://telacoyawave.com

photo: Keiko Mizukai text: Reiko Kado