そのためだけに旅に出る NIPPON ONE THEME TRIP

vol.02

機織りの音が響く
職住一体の宿、京町家

〜京都・西陣〜

古からの人々の暮らしを今に伝える木造家屋「京町家」。その町家を再生し、一棟まるごと借りられる宿がある。なかでも興味をそそられたのが、今も西陣織の手織り工房として使われている職住一体の町家。美しい織物を生み出す職人たちの手のぬくもり、まちの人たちの温かさにふれる、晩秋の京都への旅。

昭和4年に建てられた
町家をまるごと借りる

「かちゃこん、かちゃこん…。」
ガシャッ、ガシャッという機械的な自動織機の音とはまったく違う、手織りの機織り機のやわらかい音。

京都市上京区にある「庵 西陣伊佐町」の町家にチェックインすると、奥にある工房から、心地よい機織りの音が聞こえてくる。ここに来るまでは、観光客向けの体験工房なのかと思っていた。ところが実際は、この道60年という伝統工芸士をはじめとする職人さんたちが毎日、西陣織の帯を織っている、正真正銘の職場だった。

「このようなところに泊めていただいていいのですか……?」
思わずそう聞いてしまったほどだが、夕方5時すぎになると、職人さんたちは仕事を終え、すうっといなくなる。後に残るのは、宿泊する私たちだけ。一棟まるごと借りるスタイルだから、スタッフもいない。まさに、この家に住んでいるような不思議な感覚になる。昭和初期にタイムスリップしたようでいて、床暖房などの設備は最新。何とも快適で落ち着く、静かな夜のはじまりだ。

老舗の会席料理を
ゆったりいただく寛ぎの夜

夕食は、近くにある老舗の料理屋さんに仕出しをお願いした。京都には、料理店から料理を届けてもらう「仕出し」文化が根づいているそうだ。目にも美しい会席料理を、お店で使っているのと同じ器で、しかも他の客に気兼ねすることない町家でいただく……なんとも格別なぜいたく。そして、丁寧にとられたおだしのおいしいことといったら!

夕食を早めに終えたら、夜の西陣を散策。このあたりは、織物のまちであると同時に、陰陽道ゆかりの地でもあり、近くには、安倍晴明を祀った晴明神社がある。
そぞろ歩きながら私たちが向かったのは、町家のスタッフに教えてもらった、知る人ぞ知る禅寺の「閑臥庵(かんがあん)」。

幻想的にライトアップされた境内を歩き、チベット密教の高僧が制作した砂曼荼羅を見せていただき……。神秘的な非日常の世界をしばしさまよったのだった。

織物も、京野菜も手づくりが
息づく西陣のまち

翌朝、8時半。工房から、「かちゃこん、かちゃこん」という、あの小気味よい音が聞こえてきた。職人さんたちが出勤し、1日の仕事をはじめたのだ。絹糸を巻く人、機を織る人。出来上がった織物を注意深く点検する人。それぞれの様子が、2階のテラスから窓越しに見える。工房に下りていって、間近で見せてもらうこともできる。
「今の時代、手織りは数少なくなったけど、手織りならではの温かさ、やわらかさは他にはないから、この仕事が大好きなんですよ」
そんな話を聞かせてもらいながら、美しい手仕事に見入るのは至福の時間だ。大ベテランのおじいちゃん職人さんに挟まれて、20代の若手が技の継承に励んでいる姿も頼もしい。

遅い朝食をとろうと外に出ると、野菜を荷台いっぱいに積んだ軽トラックが停まっていた。売りにきていたのは、昔ながらの半纏に手甲姿が素敵な、笑顔のかわいいおばあちゃん。
「昔、このあたりは、あちこちからかちゃこん、かちゃこんという音が聞こえていたの。みんな家族で機織りをしていて、忙しくて買い物にもいけないでしょ。だから、こうして1軒1軒、野菜を届けているんです。もう50年以上になりますかしら。ふふふ」

金時人参に壬生菜、昔ながらの春菊。どれも、おばあちゃん手づくりの味だ。
「いつも楽しみに待っているんです。私らはこの野菜でなくっちゃ」と近所の人たち。こうして思わぬ日常風景にふれることができたのも、町家滞在ならではの楽しい思い出だ。お土産におばあちゃんの京野菜を買って帰ったのは、言うまでもない

チェックアウトして、西陣の界隈を歩いていると、ふとした路地で、機織り機をつくる工房に出くわし、中を案内してもらったり、古い銭湯を改装したカフェを見つけたりと、「職人のまち」を思わせる魅力的な出会いがいくつも待っていた。
「町家に泊まる」ということ以外は、なにも調べず、行き先も決めずに来た今回の旅。地元の人たちに温かく迎えられ、まるでここに暮らしているような感覚を味わえた、心に残る旅だった。またきっと、ここに帰ってきたくなりそうだ。

Data

庵(いおり)町家ステイ
一棟をまるごと貸し出す“町家一棟貸し”の先駆的存在。今回滞在した西陣伊佐町の町家のほか、京都市内の中心部に10軒以上を展開している。町家ごとに定員や料金が異なり、1人あたり1泊1〜2万円台〜。仕出しの手配や観光案内など手厚いサービスが受けられる。予約はホームページから。
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/135433/135433.html
電話での問い合わせ:075-352-0211

Nishijin more info.

市内中心部から少し離れた西陣は、昔ながらの京都らしい町並みが残る、しっとりと落ち着いたエリア。臨済宗大徳寺派の大本山で京都五山の一つ「大徳寺」、別名“玉の輿神社”とも呼ばれる「今宮神社」など、一度は訪れてみたい寺社も多い。天のエネルギーが満ちる聖地といわれる「北野天満宮」、五芒星が随所にあしらわれた「晴明神社」などの神秘的なスポットにも足を運んでみては。

photo: Keiko Mizukai text: Reiko Kado