そのためだけに旅に出る NIPPON ONE THEME TRIP

vol.01

育ててつくる、食のカンパニリズモ

すべて手づくりに挑む弘前のイタリアン

紅葉が山々を彩る、実りの秋。地のもの、旬の味覚に心躍る季節だ。今回の旅のテーマは、「究極の地産地消・自給自足のイタリアンレストランを訪ねる」。野菜に果物、生パスタ、チーズや生ハムも自分でつくり、ぶどうを育てて自家製ワインまで醸造するシェフが青森県にいる。そこでしか味わえない「食のカンパニリズモ(郷土愛)」を楽しみに、弘前へと向かった。

生まれ育った土地で
自分だけの味を表現

広大な津軽平野に、くっきりとそびえる岩木山。古い城下町でありながら、文明開化のレトロな洋館が残る弘前には、和洋折衷の独特な魅力がある。至るところで見かけるりんご畑も、生産量日本一を誇る、このまちならではの風景だ。
この地に生まれ育った笹森通彰さんは、20歳で料理の修業を始め、2003年、30歳を機にレストラン「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」を開業した。オーナーシェフとして店を切り盛りする傍ら、念願だったワイン造りに取り組み、弘前で初となるワイン醸造を実現。国内はむろん、海外からも注目される存在になっている。
収穫を間近に控えた10月上旬、自宅のそばにある畑を案内していただいた。笹森さんが、ワイン用ぶどうの栽培に着手したのは2006年。弘前では前例がないため、どのぶどうが栽培に適しているかもわからない。メルローやシャルドネなどの代表的なものを10品種ほど植え、生育状況を調べるところからのスタートだったという。
「実がつきはじめるのに3年かかりました。その後も時間をかけて見極めていき、いま期待しているのがネッビオーロです。イタリアでの産地が弘前と似ていて、雪が降る寒い地方でつくられているんですよ。マルバジアで仕込んだ白ワインも、今年は良い出来でした。天候に左右されるので何ともいえませんが、次も期待したいです」
ワイン醸造の認可も、少量でも製造可能な「ハウスワイン特区」の適用を市役所にかけあい、実現させた。自家栽培した原料を使い、自己経営のレストランや宿泊施設でのみ販売することが条件。自宅の1階を改装した、わずか2間のワイナリーで2010年に醸造を開始し、瓶詰めやラベル貼りまで、すべて手作業で行っている。
こうした積み重ねを経て、昨年、1ヘクタールの広大な土地を新たに購入した。これから何年もかけてぶどうの栽培量を増やし、質、量ともに理想のワインをつくることが目標だ。その夢に、笹森さんは着実に近づいている。

ぶどう畑のそばには自家菜園もある。「仕込みは、畑での種植えから始まる」というのが笹森さんのモットー。開業にあたり、祖母のアスパラガス畑を譲り受け、さまざまな作物を植え付けた。トマトにズッキーニ、ルッコラ、菊芋、ナス。カタバミもある。果樹も豊富で、木いちご、キウイ、ラズベリーなど色とりどりだ。
「ほら、甘い香りがするでしょう」
笹森さんの声に、振り向くとイチジクの木が見えた。実ではなく、葉っぱ全体が香りを放つとは知らなかった! ビニールハウスの中には、30〜40種類ものハーブがずらり。アーモンドやヘーゼルナッツ、ケッパー、オリーブなど、温暖な地域で育つ植物も、実がつくかどうか試しに育てているという。
自家菜園だから、最もおいしいタイミングで野菜や果物を収穫し、その日の料理に使うことができる。テーブルに飾る草花も、自宅や菜園で摘んだもの。畑の一角では、卵を採るために烏骨鶏を飼っている。畑だけでなく、趣味を生かして海で魚を釣ってくることもある。この夏には、60kg近くあるマグロを見事に釣り上げたそうだ。
そんな笹森さんが貫く自給自足の原点は、イタリアで修業したレストラン。
「ミシュランの2つ星レストランで、遠方からもお客さんが続々と訪れていました。最高の食材をイタリア全土から取り寄せているのかと思いきや正反対で、自家菜園で野菜を育て、チーズも自家製。肉も地元のものを使っている。幼いころから祖母のつくる野菜を食べて育った私には、そのスタイルこそ、本来の自然なあり方だと思えたのです」

加工品も手づくりし
国際コンクールに入賞

畑仕事を午前中に終えると、午後は、レストランでの仕込みが始まる。畑から車で約10分。弘前公園にほど近いビルの2階が笹森さんの店だ。中に入ると、ガラス張りの大きなワインセラーが目に飛び込んでくる。中に吊るされているのは、熟成中の自家製生ハムやソーセージ。牛肉、豚肉、鴨肉、馬肉、時には猪肉も使用する。どれも地元の生産者と直接話し合い、吟味して仕入れたものばかり。丁寧に下ごしらえをし、じっくりと熟成させていく。
チーズもしかり。原料のミルクは、岩木山麓の牧場から届く、甘くて濃厚なジャージー牛乳だ。ゆっくりと温め、乳酸菌を加えて発酵させる。容器に入れて成形したら、ワインセラーの中で熟成。白カビのチーズ、赤ワインのチーズ、トリュフのチーズなど、何種類もの味が笹森さんの手から生み出されていく。
試行錯誤を重ねる中で、国内外で高い評価を受けるまでになったものもある。2015年にフランスで行われた国際チーズコンクールで、自家製モッツァレッラがブロンズ賞を獲得。国内のチーズコンクールでも入賞し、その名を知らしめた。
「自分の味を表現するには、とにかく一からつくること。そしてはじめて『笹森の唯一の生ハム』『笹森の唯一のチーズ』ができると思うのです。それらを理想どおりの味につくれたときが、最も手応えを感じる瞬間ですね」
パンや生パスタも、一つひとつの素材を大切に扱い、丁寧に生地からつくる。食材への敬意が伝わる美しい仕事は、見ていて飽きることがない。

自家製ワインとともに
至福のディナーを堪能

午後7時。すっかり日も落ち、テーブルにはキャンドルが点される。今回の旅のクライマックス、ディナータイムの始まりだ。1日10名限定のこじんまりとした店内には、ほかに女性6人ほどのグループが来店し、楽しそうにワインを選んでいる。
私たちは、自家製のサスィーノ・ビアンコ(白)を注文した。笹森さん渾身のワインだ。すっきりと爽やかで、とても飲みやすい。そして運ばれてきた前菜1皿目は、木製スプーンに乗った一口大の自家製ブッラータ。2014年度のジャパンチーズアワードで金賞に輝いた逸品だ。モッツァレッラの中に、トロリとしたモッツァレッラクリームが入っていて、すばらしい香りと食感!
続く2皿目は、自家製ハムの盛り合わせ。奥入瀬産の黒豚のプロシュット、弘前高杉産の馬肉のブレザオラ、県産バルバリー種の鴨の生ハムなど5種類で、自家菜園のイチジクとともにいただく。肉の甘みと旨味が凝縮された、まさに笹森さん唯一の一皿。一口一口が味わい深く、ついワインがすすむ。実はお酒に強いほうではないのだが、こんなにおいしくワインがいただけるとはどうしたことだろう。
そして、料理はメインへと進む。自家製リコッタチーズとパンチェッタ、自家菜園のビエトラを詰めた生パスタのラビオリ、岩木山麓の名産トウモロコシ「嶽(だけ)きみ」のスープ、甘鯛のうろこ焼き、県産鴨のロースソテー…。どれも素材が力強く、一口噛むごとに、それぞれの味と香りが口いっぱいに広がる。甘味に苦味、酸味…。複雑に混じり合う風味を感じることに集中し、つい無口になってしまった。
動物たちが育つ岩木山麓の自然、青々と輝く畑、厳しい冬に耐えて実をつけるぶどう。そして、静かな情熱で黙々と手を動かす笹森さんと若いスタッフたち。一皿一皿の中に、そんな光景が見える。
土地に密着した、手づくりの味わいというのは、こういうことをいうのだなあ…。
自家製チーズの盛り合わせを赤ワインとともにいただき、最後は、弘前のりんごやハーブを使ったデザートを、自家製のミントティーで。大切につくられたものを大切に味わっていただく。その幸せをしみじみと感じた至福の夜だった。

「このためだけに来る価値があった」と心から感じた今回の旅。「年ごとに変化し、進歩するワインを楽しみに、また来てください」という笹森さんは、近い将来、畑のそばに店舗を移し、より自家菜園やぶどう畑に直結したスタイルに転換することも考えているそうだ。
次は、いつ訪ねようか。津軽の四季を思い描きながら、計画を練ってみよう。

Data

オステリア エノテカ ダ・サスィーノ
青森県弘前市本町56-8 グレイス本町2F​
TEL 0172-33-8299
営業時間:18:00〜L.O.21:00 日曜定休
要予約。ディナーは10,004円のコースのみ(サービス料込み)。1日10名限定。
JR奥羽本線 弘前駅から弘南バスに乗り、「大学病院前」下車。徒歩1分。
URL: http://dasasino.com

Hirosaki more info.

「お城と桜とりんごのまち」弘前は、りんごの生産量日本一。弘前市りんご公園では、収穫体験やシードルの試飲が楽しめる。日本一とうたわれる弘前城の桜にもりんごの剪定技術が生かされており、一つの花芽から出る花の数が多い。「満開の桜は涙が出るほど感動的。一生に一度は見てほしい」(笹森さん)。弘前城では、100年ぶりの石垣修理で天守閣が大移動。珍しい光景が話題を呼んでいる。

photo: Keiko Mizukai text: Reiko Kado