Barakan’s Picks バラカンズ ピックス ピーター・バラカンお薦めの音楽

音楽の巨人からの贈り物 ほか

目指す音を実現するためのエネルギー

今回はまずポール・サイモンの5年ぶりの新作を紹介します。アート・ガーファンクルと離れてソロとなってから45年、そして今年で彼は75歳となります。しかし声の若さは全く変わらず、独自の音を探求する気持ちも健在です。このアルバムではリズムが特に面白いです。今やヒップ・ホップのサウンドが当たり前でも、それはポール・サイモンと関連しないものと思いがちですが、そういった鋭角なリズムを巧みに自分の世界に取り入れています。

たとえば、フラメンコでよく使われる独特の手拍子(「パルマ」と呼ばれます)を録音してその音を中心にメロディを紡いだ曲もあります。手拍子を打つためにギターの音や歌も必要なので、ギタリストなどをスタジオに呼んで演奏させるものの、その演奏をアルバムには使わず、あくまでパーカション代わりの手拍子を提供するメンバーにヘッドフォーンで聴かせるだけです。自分が目指す音を実現するためならかなり込み入った手段も嫌がらないエネルギーが羨ましい!

アルバムで使っている音色もさまざまで、冒頭からスライド・ギターのような、でもちょっと違うような変わった弦楽器が登場します。これはインドの「ゴピチャンド」というものらしく、一弦楽器です。竹の枠を絞るとグイーンと音程が変わる仕組みで、その音を非常に効果的に使っています。狼男を意味する「Werewolf」という1曲目の発想は、実はこの楽器の音から生まれたと言います。

20世紀のアメリカ人作曲家ハリー・パーチが開発したユニークな微分音を可能にするために発明された楽器が使われている曲もあります。しかし、それで奇をてらうのではなく、その楽器の響きが全体のサウンドの隠し味になっているのです。もちろんメロディの感覚は聴いてすぐにポール・サイモンと分かるものです。歌詞もウィットに富んでおり、「リストバンド」では、楽屋から一瞬タバコを吸いに外に出たミュージシャンが会場内に戻るために正面から入ろうとするとリストバンドをはめていないため自分のコンサートに入れてもらえないというおかしくて皮肉な内容です。

歌声に音楽の巨人の真摯な姿をしのぶ

2015年11月に77歳で心臓発作のために他界したアラン・トゥーサント。ここ数年コンスタントにライヴ活動を続けていたのでとても驚きましたが、とにかくピアニストとして、ソングライターとして、また編曲家、プロデューサーとして自分の故郷ニュー・オーリンズを代表する活動をしてきた彼の死はたいへん惜しまれます。

亡くなる直前に録音が完成した遺作が発表されました。2009年の前作「The Bright Mississippi」と同様にプロデューサーのジョー・ヘンリーが企画し、トゥーサントの前の時代を作った、主にジャズのミュージシャンたちの曲を中心に選曲しています。ファッツ・ウォラー、アール・ハインズ、デューク・エリントンなどのメロディをトゥーサントが丁寧に、独自のやさしいタッチで、しかしニュー・オーリンズの音楽に不可欠なシンコペイションも自然に入る感じで演奏します。また彼に誰よりも影響を与えたニュー・オーリンズのローカル・ヒーローとも言えるプロフェサー・ロングヘアの曲も取り上げています。「Mardi Gras in New Orleans」といういつも横揺れの強いアップ・テンポで演奏される曲は、ここでテンポを落として、少し物憂げな雰囲気を醸し出しています。同じくロングヘアの「Hey Little Girl」は原曲の元気な感じはありますが、白髪のジャケット写真からも真面目なオーラが伝わってくる70代のトゥーサントに相応しい落ち着きが漂います。

本人作曲の作品は今回二つだけ。冒頭の「Delores’Boyfriend」、そして70年代にグレン・キャンベルのカヴァーで大ヒットし、トゥーサントの代表曲となった「Southern Nights」です。オリジナルは彼の同タイトルのアルバムに収録され、ヴォーカル入りですが、ここではインストルメンタルで展開しています。その後、アルバムの最後の曲でトゥーサント自身の歌が聴けます。ポール・サイモンのゆっくりと流れる、半ば賛美歌のようなメロディの「American Tune」を彼の実にジェントルな声で聴くと、われわれから天国に奪われてしまったこの音楽の巨人の真摯な姿を思い出さずにはいられません。

アクースティック・ブルーズの静かな力作

フォーク寄りのアクースティック・ブルーズを得意とするエリック・ビブはニューヨーク生まれの65歳。アフリカン・アメリカンの彼が育った時代にはすでに黒人の間でブルーズが衰退ぎみでした。逆に彼の場合はしばらくパリに住んでいた頃に、フランス在住の名ブルーズ・ギタリスト、ミッキー・ベイカーとの出会いがきっかけで演奏するようになったそうです。今のエリックはスウェーデンのストックホルムを拠点としていて、アルバムごとにいろいろな編成で演奏していますが、今回の新作「ハピエスト・マン・イン・ザ・ワールド(世界一幸せな男)」では完全にアクースティックなグループを率いています。ドブロなどのスライド・ギター、マンドリン、軽く弾むドラムズ、ところどころ味付けにハーモニカやフィドルも登場しますが、全体的にシンプルで抑制が効いたサウンドとなっています。特別ゲストとしてイギリスのダニー・トンプスンというウッド・ベースの名人が参加しています。60年代からイギリスのブルーズとフォークの世界で重宝されてきた彼の存在はアルバムに重みを持たせています。よくスウィングし、粋に演奏するスカンディナヴィアのバック・バンドと共にエリックの軽くハスキーな歌を見事に支えています。主にエリックのオリジナル曲で構成されているアルバムの一番最後に意外なカヴァー曲が一つだけあります。キンクスの「You Really Got Me」がアクースティックで生まれ変わると新たな魅力をブルージーに発揮します。いつも好感が持てるエリック・ビブですが、このアルバムは広く知られてほしい静かな力作です。

ピーター・バラカン

ピーター・バラカン[ブロードキャスター]
1951年ロンドン生まれ。74年来日以来、著作権関係の仕事を経て、放送メディアを中心に、独自の選曲で世界各地の音楽を紹介。著書に『ラジオのこちら側で』(岩波新書)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)など。5月26日に最新刊『ロックの英詞を読む—世界を変える歌』(集英社インターナショナル)が発売。

photo: Tsutomu Sakihama