OTA KAZUHIKO Days of Wine&Art アートと一杯 太田和彦、美術と酒を巡る

第7回
「北大路魯山人の美 和食の天才」と
老舗の蕎麦「室町砂場」

ずいぶん以前、白崎秀雄著『新版 北大路魯山人』(昭和60年・上下刊・新潮社)を読み、大きな印象を受けた。本の帯にはこうある。〈魯山人の盛業のかげにはもろもろの暗部があった。生涯五度の結婚による家族との確執、星岡茶寮からの撤退、時の文化人との応酬……。しかし名匠の芸術は冴え渡る。〉

またこうも。〈魯山人は、文化人らの博学や名声と、その実体との落差に憤りを感じ、あるひは蔑んでいってゐた。「文化人なんて威張ったって……」。それは、彼の文化人批評の際の、枕言葉でもあった。「だいいち、面が貧相だよ。食ふもの食ってない証拠だ」と、つづけた例も、平野はきいてゐる。「このまづい字はどうだ」といふ風につながったことも多い。彼は文化人に手紙で礼状などを書かせるように仕向け、届くと、人の寄り集る機会に披露し、嘲笑する癖があった。手紙がない場合は、文化人が慈善展などのためにかいた色紙や短冊の書画を、嘲笑の材料とした。……〉

清廉高潔な芸術家像とはちがう傲岸尊大な自信家と書かれた魯山人は「料理は芸術、器は料理の着物」と考えて数多くの陶芸を制作した。その全貌を見る絶好の機会に、人物への先入観を捨てて向き合うことにした。三井記念美術館の「北大路魯山人の美 和食の天才」展だ。

まず驚いたのはその巨大さだ。写真で見て、左右20センチほどの上品な織部皿と想像していた《織部俎板盤》(昭和24[1949]年)は、左右50、幅25、高さ7センチ、俎板面の厚さだけでも3センチはあり、両手で持ってもかなり重いだろう。様々に変容する色のむら、断面に垂れる釉薬の表情、豪快な筆の抑揚、焼成が生んだ細密な変幻など、巨大なだけに見る所はいくらでも発見できる。

魯山人が考案した俎板皿は、品良く奇麗清潔にという料理盛り付けを一変させたという。「野趣」とは全くちがい、では鑑賞する「美術品」かと言うと、そうではあるが、料理を盛って完成する「使うもの」であることは厳然としていて、簡単に「芸術」と言ってお終いにできない「生きた熱気」がある。

《織部俎板盤》昭和24(1949)年、京都国立近代美術館蔵
《織部俎板盤》昭和24(1949)年、京都国立近代美術館蔵

いくつもある巨大な俎板皿に盛る料理は何がふさわしいかと考えた。華麗な握り寿司などは映えそうだ。それだけで姿の美しい握り寿司は清楚な器がよいが、魯山人は豪華なものには豪華をぶつけ、それはまた「これに盛ってみろ」と料理人を発奮させるだろう。色の濃い織部とはちがう、白地にさっと筆を走らせた《絵瀬戸竹雀紋俎板鉢》(昭和27[1952]年頃)は、竹と雀の構図に合わせ、青銀の小肌、鮮紅の鮪、黒茶の鳥貝の握りを二貫ずつ配置したらと想像するだけでもわくわくする。そうして例えば掌くらいの粗い肌の《備前大葉皿》(昭和33[1958]年)には柔らかな草餅の緑が合うな、土色にさっと筆を走らせた花の絵の《絵瀬戸平鉢》(昭和25[1950]年頃)には酒の珍味カラスミの厚切り、飄逸な蟹の絵の《織部蟹絵平鉢》(昭和34[1959]年)は率直に白い蟹身を一本置けばユーモアが出るだろう。

《備前大葉皿》昭和33(1958)年、個人蔵
《備前大葉皿》昭和33(1958)年、個人蔵
《絵瀬戸平鉢》昭和25(1950)年頃、足立美術館蔵
《絵瀬戸平鉢》昭和25(1950)年頃、足立美術館蔵
《織部蟹絵平鉢》昭和33(1959)年、個人蔵

書の大屏風「良寛詩『十字街頭』屏風」(昭和16[1941]年)の墨跡は、速度、溜め、筆止め、跳ねなど緩急の筆触がまざまざと見え、この息遣いは陶作品にも生き生きと存在する。「信楽灰被大壺」(昭和32[1957]年)の壺口を豪快に叩き割った仕上げは「圭角を立てろ(ものごとを円満におさめず角を立てろ)」と主張してやまなかった魯山人そのものだ。

白崎秀雄はあとがき末尾にこう書いた。〈すなはち、魯山人は近代の日本に於て、世界の天才に比肩できるおそらくただ一人の天才であったといふことである。ここに天才とは、一種悪魔的なまでの集中力を奔騰させ、人を蠱惑して放たぬ多数の傑作を生み出し得た、能力を指す。〉私も全く同じ感想だ。怪物魯山人の芸術に圧倒された。

老舗で思う、料理の美を支えるもの

三井記念美術館から数丁歩いた蕎麦「室町砂場」は定評ある大人の店。夕方はやい四時に、大企業会長のような白髪紳士や着物のご婦人連れが蕎麦前の酒を楽しむ。私も名物のあっさり炊いた〈あさり〉で一杯。お銚子は、すらりとした白磁に花弁状の浅い彫りがすこし入る、私が勝手に「百合徳利」と呼んでいるものだ。ガラス越しの坪庭は名残の大島桜と青紅葉、泉水に打ち水が清々しい。

一杯やりながら買ってきた図録をぱらぱらやっていると、「詠む写真」として京都吉兆の手になる造り盛りの写真が載っている。器の銘はないが魯山人風だ。不定形にごつごつした荒い素焼に盛られた紅白の造りはわずかな緑を添えて、水と土、海と山、繊細と豪快、美女と盗賊、とまことに浪漫的だ。素材を美的に生かすのが日本料理、それを支えるのは陶器を作る大地、との思いを深くさせた。

photo: Kazuhiko Ota

今月のアート

三井記念美術館
「特別展 ユネスコ無形文化遺産登録記念 北大路魯山人の美 和食の天才」

書家、篆刻家、そして陶芸家として活躍する一方、類いまれな美食家としても知られた北大路魯山人(1883-1959)。古陶芸を熟知し、北鎌倉に開窯した星岡窯で和食器を中心に作陶を続けた魯山人の陶磁器や書、絵画、漆器など、独創的な美の世界を堪能できる貴重な展覧会。
2016年6月26日(日)まで(会期中展示替えあり)
http://www.mitsui-museum.jp

今日の一杯

室町砂場

明治2年(1869年)創業、日本橋でひときわ落ち着いた佇まいを見せる老舗蕎麦店。蕎麦の実の芯だけを挽いたさらしな粉の“ざる”と、一番粉の香り高い“もり”の2種類で、大きなかき揚げが入った温かいつけ汁で冷たい蕎麦をいただく「天ざる」「天もり」は、この店発祥の看板メニュー。
東京都中央区日本橋室町4-1-13
tel.03-3241-4038
営業時間11時30分~21時(L.O.20時30分)、土曜~16時(L.O.15時30分)/日曜・祝日休

おおた・かずひこ

おおた・かずひこ
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家
著書『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『ひとり飲む、京都』など。新刊『銀座の酒場を歩く』(ちくま文庫)。BS11局・毎週水曜夜9時〜9時54分「太田和彦 ふらり旅 いい酒いい肴」出演。