OTA KAZUHIKO Days of Wine&Art アートと一杯 太田和彦、美術と酒を巡る

第6回
「コレクション・オンゴーイング」と
居酒屋「紺青」の“ポップ”

東京都現代美術館は、戦後現代美術の収蔵作品から約100点ほどを選んで展示するコレクション展を続けている。今回はMOTコレクション「コレクション・オンゴーイング」と題した、「ポップアート」と「紙の仕事」の展示だ。

ポップアートこそは私の時代におきた美術。美術志望の私は学生時代に、たしか東京国立近代美術館で開かれた展覧会に出ていたロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズに大きく刺激され、そのアイデアに依った作品を作っていた。それは今でも残してある若い日の大切な記録だ。

ポップアートこそわが美術。展示のパンフ解説にある〈彼らの作品に共通して見られる特徴を一つあげれば、それは、複製されるイメージ、とくにマスメディアの生みだす一種の紋切り型、記号化する情報に対する、愛着と批判という両義的な態度ということになるでしょう。〉という一文は、印刷量産を前提とするグラフィックデザイナーを志望していた自分の意識と同じで、〈愛着と批判〉は言い得ている。

20世紀のモナリザ、ロイ・リキテンスタインの《ヘア・リボンの少女》(1965年)は、カンヴァス地にカラー印刷の基本4色、赤・青・黄・黒で描かれ、と言うか、パルプマガジンのカラーコミック印刷の拡大だから当然そうだ。濃淡を表す印刷網点も正確に根気よく描かれ、描線の黒にはかすかに筆触が見える。

画面左手:ロイ・リキテンスタイン《ヘア・リボンの少女》1965年、油彩、マグナ/カンヴァス
画面左手:ロイ・リキテンスタイン《ヘア・リボンの少女》1965年、油彩、マグナ/カンヴァス

漫画の一コマに現代美術を感じたのなら、それを切って額に飾れば美術と言えるか。言える。リキテンスタインはそれを拡大して迫力を出し、手描きした。真似すれば誰にもできる手法が現代美術のアイロニーだ。最初にそれをやった神話性がコレクションの価値になる。

ではアイデア競争か。今日初めて見たアンディ・ウォーホルの写真作品シリーズは、同じ写真プリントを4枚、白糸で縫い合わせ並べたものだ。芸術写真の展示は最高のプリントを宝物のように額におさめるが、このプリントは微妙に焼きが違うようだがそれはどうでもよいらしく、水洗がうまくいっていない印画紙乾燥の波打ちもそのまま。周辺も鋏でじょきじょき切りとラフなのは「量産できる写真なんてこんなもの」と言いたげで、そうなれば被写体も売店の果物だったり、歌手のポートレートだったり、ビルだったり「何でもよい」を主張する。その白眉は《崩れた崖》(1976-86年)で、私は日本の風景かと思ったくらい全く個性がない風景だ。さすがウォーホル、やるなあと思ったが感銘はない。アイデアとその消化がうますぎるのだ。

画面右手:アンディ・ウォーホル《崩れた壁》1976-86年、ゼラチン・シルバープリント、木綿糸 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc.
画面右手:アンディ・ウォーホル《崩れた壁》1976-86年、ゼラチン・シルバープリント、木綿糸 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc.

人気のデイヴィット・ホックニーのリトグラフは、単色の描線画にリトグラフでいろいろなバリエーションを作り、軽快に心地よいがそれ以上は何もない装飾だ。発表時に注目された多視点のフォト・コラージュも「そういうアイデアね」で特に何もなし。それは本人も承知のうえだろう。

アン・ミー・レーの2007年から12年の作品、世界各国のアメリカ軍基地や戦場を被写体にした写真〈陸上の出来事〉シリーズに目を奪われた。写真はドキュメンタリーだが、構図は絵画的で「美術」として写し、その超パンフォーカスは海上自衛隊横須賀基地の軍艦背後の日本の民家も超精密に生々しいリアリティがある。現代美術は世界の現実にストレートに目を向けないものだが、そうではない初めての作品だ。アイデアを超えた重い感銘がいろいろなことを考えさせ、新しい現代美術の方向を示している。

画面中央:アン・ミー・レー《海上自衛隊ディーゼルエンジン潜水艦、米軍横須賀海軍施設、日本「陸上の出来事」シリーズ》2007年、アーカイバルピグメントプリント、380gハーマン・プロフェッショナル紙、シントラボード
画面中央:アン・ミー・レー《海上自衛隊ディーゼルエンジン潜水艦、米軍横須賀海軍施設、日本「陸上の出来事」シリーズ》2007年、アーカイバルピグメントプリント、380gハーマン・プロフェッショナル紙、シントラボード
太田三郎《Seed Project》1991-2015年、和紙、種子
太田三郎《Seed Project》1991-2015年、和紙、種子

「紙の仕事」の太田三郎作品《Seed Project》(1991-2015年)は、十年ほど前に新聞の美術評で見て、よさそうだなと記憶していたものだった。様々な種子を星型に並べて薄紙で半透明に漉き、切手のようにミシン線を入れ、切手のように小さな文字を繰返す。種子の伝播を切手に見立てたアイデアはわかり易く、グラフィック処理もまことにうまい。でもセンスだけで感銘はない。

古典とちがい同時代の感覚で鑑賞し、批評できるのが現代美術のおもしろさ。私の感想は以上でした。

酒瓶に美を思いめぐらす、これ至福

美術館が近い清澄白河の居酒屋「紺青」は、カウンターと机ひとつのモダンな造り。黒シャツの男二人は酒担当と料理担当だ。酒は、お、「モヒカン娘」がある。旭日を背景にモヒカン刈りの娘が着物でしなを作るこれこそはポップ日本酒ラベルの最高峰。少数作られたビーチバレー水着バリエーションはマニアのコレクションとなっている。これぞ現代美術。合わせた〈菜の花 かすみ和え〉は緑の菜の花に大根おろしを春霞に見立てたしっとりした小鉢で、強烈な酒ラベルと対比の妙。うーむ、アートじゃのう。

20世紀後半に至り美術の概念は変転をきわめ、「意味」を提出するだけの概念美術もあり、「鑑賞」そのものをも問うようだ。その変幻、アイデア競争はおもしろいが、心を打つかはわからない。美術家はやることがなくなったか。もちろんそうではない。頭でっかちの現代美術は飽きられた。これからは毎日眺められる「名画」に回帰するのではないか。「モヒカン娘」はラベルだけではない、その清雅にしてコクのある味が感銘させるのだ。

photo: Kazuhiko Ota

今月のアート

東京都現代美術館
MOTコレクション
「コレクション・オンゴーイング」

東京都現代美術館の約4,800点の収蔵品から約100点を選び、戦後・現代美術を多角的に紹介する常設展示「MOTコレクション」。今期の「コレクション・オンゴーイング」では、開館当初から収集に力を入れてきたポップアートと、保存上の理由から展示の機会が限定される紙を素材とした作品群にフォーカスしている。会期終了後より大規模改修工事に入るため、ぜひこの機会にご観賞を。
2016年5月29日(日)まで
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/mot-collection-ongoing.html

今日の一杯

紺青

清澄白河駅にほど近い路地裏に佇む和食店。下ごしらえに手間をかけ、ていねいに仕上げた美味なる一品一品に、「爽酒」から「熟酒」までバラエティ豊かな日本酒を合わせて楽しませてくれる。肩の力を抜いて寛げる雰囲気と、深夜でもふらりと立ち寄れる気軽さから、女性の一人客も少なくない。
東京都江東区白河1-3-21
tel.03-5875-8199
営業時間18:00~翌2:00 (L.O. 1:30/火〜金)、17:00~翌1:00 (L.O. 0:30/土・日・祝)/月曜定休(月曜祝日の場合火曜休)
http://hitosara.com/0006047576/

おおた・かずひこ

おおた・かずひこ
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家
著書『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『ひとり飲む、京都』など。新刊『銀座の酒場を歩く』(ちくま文庫)。BS11局・毎週水曜夜9時〜9時54分「太田和彦 ふらり旅 いい酒いい肴」出演。