OTA KAZUHIKO Days of Wine&Art アートと一杯 太田和彦、美術と酒を巡る

第5回
「ガレの庭」に酔い、
「キッチン セロ」で味わい返す

ヨーロッパ19世紀末の装飾美術「アール・ヌーヴォー」を代表するガラス工芸家、エミール・ガレの花瓶はときどき見ていたが、まとまった展覧会は初めてだ。それが、アール・ヌーヴォーをモダンにした「アール・デコ」様式の日本の代表的建築である「東京都庭園美術館」で行われている。

もともとは朝香宮の邸宅であったゆえ、作品は玄関ホールや、客間、書斎などに置かれ、美術館の無機質な壁前のガラス越しに見る美術とちがい、花瓶本来の場所の存在感がいい。透明ケースで保護されながらも、立体である花瓶を、膝に手を置いた中腰でじっと眺め、ゆっくり裏側にも回って四方から見る人が大勢いる。私もそうした。

目前20センチまで肉薄して見るガラス花瓶の豊かな精妙は圧倒的だ。ガラス作品は壊れやすいあえかなイメージがあるが、ガレの花瓶は骨太な造形、肉厚なボリューム、濃厚な色彩が特徴だ。高さ50センチ、ワインクーラーのような大作から把手付き、耳付き、細軸をそっとつまみ上げるような小品まで形態も様々でありながら、花瓶であること、つまり中が空いて水を溜められるのがお約束だ。

ガレは自らの広大な庭に2500〜3000種もの植物を育て、その観察に没頭し、植物学の論文まで書いた。植物だけでなくそこに集まるトンボや喋などの昆虫も主役のモチーフとして繰返し使われた。科学的観察に根ざしたうえで様式的に、象徴的に形態化した。それは花瓶にきれいな花の絵を描くのとは違い、モチーフを骨肉化した美学の結晶であることが、比肩する者のないガレの作品といえよう。

ガラスの最大特徴である「透明」を生かすため、後ろ側から逆光でLEDスポットライト当てた展示に目を凝らすと、内層・中層・外層の三層のガラスにそれぞれ異なる絵柄を置いた遠近効果がよくわかる。黒々とした木立の奥が光を持って明るい《樹陰文花瓶》(1900年頃)。《スケッチ「ヒトヨダケ」》(1894-1930年)の、細軸のきのこの先に広がる緑の草原は、地面に腹這いになって観察した眼だろう。《蘭文八角扁壺「親愛」(カトレア)》(1900年)はカトレアの咲ききった爛熟が妖しい。

《樹陰文花瓶》被せガラス、型吹き、手彫り、ガラス粉封入、パチネ、1900年頃、北澤美術館蔵
《樹陰文花瓶》被せガラス、型吹き、手彫り、ガラス粉封入、パチネ、1900年頃、北澤美術館蔵
《蘭文八角扁壺「親愛」(カトレア)》被せガラス、型吹き、サリッシュール、アプリカッション、手彫り、年記1900年(1900年パリ万国博覧会出品モデル) 北澤美術館蔵
《蘭文八角扁壺「親愛」(カトレア)》被せガラス、型吹き、サリッシュール、アプリカッション、手彫り、年記1900年(1900年パリ万国博覧会出品モデル) 北澤美術館蔵

《蜻蛉に蟬文花瓶》(1887年頃)の蟬とトンボの繊細華麗な様式化。ガラスは透明が特徴と書いたが、透明な地に金線や色ガラスを点縋した《春草に蝶文花瓶》(1884-1889年)、《蜻蛉文花瓶》(1890年頃)などは王道の豪奢だ。《笹に雀文花瓶》《鷹に雪持松文花瓶》(ともに1898年頃)など、当時パリで人気を博したジャポニズムの作にひと膝乗り出す。デザイン原画とそれが作品化された実物の同時展示も興味深い。

《蜻蛉に蟬文花瓶》グレーのスモーク・ガラス、被せガラス、青色ガラスの部分被せ、赤色ガラス熔着、金属箔挿入、マルトレ、1887年頃、北澤美術館蔵
《蜻蛉に蟬文花瓶》グレーのスモーク・ガラス、被せガラス、青色ガラスの部分被せ、赤色ガラス熔着、金属箔挿入、マルトレ、1887年頃、北澤美術館蔵
《春草に蝶文花瓶》褐色スモーク・ガラス、エナメル彩、金彩、エモー・ビジュー、1884-1889年、北澤美術館蔵
《春草に蝶文花瓶》褐色スモーク・ガラス、エナメル彩、金彩、エモー・ビジュー、1884-1889年、北澤美術館蔵
《鷹に雪持松文花瓶》ウラン・ガラス、被せガラス、型吹き、エッチング、エナメル彩、ガラス粉封入、1898年頃、北澤美術館蔵
《鷹に雪持松文花瓶》ウラン・ガラス、被せガラス、型吹き、エッチング、エナメル彩、ガラス粉封入、1898年頃、北澤美術館蔵

見えにくい底は下に鏡を置く。逆光の照明を当て、さらにその光をゆるやかに強弱させて陰影を深める。光源のあるランプはもちろん点灯する。それぞれの作品の特徴を演出する展示は作品の良さを隅々まで知ってほしいという主催者の情熱だ。

食い入るように見ているうちにふと、この花瓶に花を活けたらどうなるだろうと思った。豪華な盛り花、可憐な野花、蕾だけの一輪、そのどれもが確実に生きるだろう。植物に芸術性を発見して得た象徴性と生命力の交響こそガレの求めたものかもしれない。

終えて出た庭園美術館の広い歩道両側の緑の羊歯や葉蘭にいやでも観察の目が行った。世の中には良いものがある。こんなに良かった展覧会は久しぶりだ。会場、作品展示、適切な解説、ガレにこれだけの本があったかと思わせる決定版たる図録。すべてにおいて入念に準備された展覧会に敬意を感じた。「必見」と言います。

小さなバルに春の庭を見つけた

館を出て夕暮れを歩いた目黒駅前。ガレを見たらやはりワインだな。白いコックコートの若い男女が働くバル「キッチン セロ」は行きつけの店だ。もっともらしいワインリストではなく、ボトルに直に値段を書いて棚に並べた気楽さがここの売りだ。国産ワインに力を入れ、黒板に書かれた「ドメイヌタケダ ベリーA古木」は濃度のある果実味がおいしい。

今日見たものはなぜ良いのか少し考え、平面タブローの純粋絵画とはちがう、花瓶であるからと気づいた。絵画は個人の想念を描いた以外の何ものでもないが、用途あるものを美術に高めているのが自分は好きなのではないかと。個人の懊悩や、観念芸術を観賞しても仕方がない。美しいもの、すぐれた美意識こそ自分を豊かにしてくれる。見に行く価値がある。

本日のお通し小皿「スモークサーモンとオリーブのピンチョス」はピンクとグリーンが美しい。注文した「スミイカとセロリのカルパッチョ」の、透明なガラス皿に盛った白・黄・緑はあたかも春の庭、ここにも美意識が入っていた。

photo: Kazuhiko Ota

今月のアート

東京都庭園美術館(本館・新館)
「ガレの庭 花々と声なきものたちの言葉」

アール・ヌーヴォーの立役者の一人として、陶芸・ガラス・木工家具の3分野で活躍したエミール・ガレ(1846-1904)。花や昆虫など自然の描写を通して抽象的な概念を表現することで、ガラスや木工家具を単なる装飾ではなく、哲学的な世界観を表す芸術作品へと昇華させた彼の作品を、オルセー美術館所蔵のデザイン画と共に紹介。
2016年4月10日(日)まで
http://www.teien-art-museum.ne.jp

今日の一杯

キッチン セロ

連日満席の賑わいを見せる目黒の人気バル。厳選した国産ワインに合わせるのは、農家直送の野菜や旬の食材をふんだんに使った美しい料理の数々。スペイン料理が中心だが、「こんにゃくのゴルゴンゾーラ」「雲丹クレソン」などオリジナルメニューも。思わずワインが進むこと間違いなし。
東京都品川区上大崎2-13-44 大庭ビル1F
tel.03-5791-5715
営業時間17時~翌1時/年中無休
http://kettle.tokyo/cero/

おおた・かずひこ

おおた・かずひこ
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家
著書『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『ひとり飲む、京都』など。新刊『銀座の酒場を歩く』(ちくま文庫)。BS11局・毎週水曜夜10時〜10時54分「ふらり旅 いい酒いい肴」出演。