OTA KAZUHIKO Days of Wine&Art アートと一杯 太田和彦、美術と酒を巡る

第2回
「中島清之」展と横浜「小半」で
色彩の美学を思う

不勉強で知らなかった日本画家・中島清之の展覧会告知の絵が、名曲「喝采」を歌う、ちあきなおみであることに興味をもち、見に行った。16歳で画家をめざして京都から横浜に出てきた中島清之(明治32年〜平成元年)の回顧展だ。

ごく初期、大正13年・25歳の「保土ヶ谷風景」は、樹々が豊かに囲む小さな茅葺き農家を高い視点から描き、庭先だけを明るくした処理に効果がある。まだ作風に個性はないが、素直なのびやかさと、竹をふくむ様々な樹木を描き分けるゆたかな緑色がいい。

《保土ヶ谷風景》1924(大正13)年、絹本着色・一面、滋賀県立近代美術館蔵
《保土ヶ谷風景》1924(大正13)年、絹本着色・一面、滋賀県立近代美術館蔵

35歳の「鴨」「梅鴨」は鳥の羽の精密描写、脇役の梅、背景を描かず、筆触を残さない意匠的画風が完成されていて、それは京都育ちによるものだろう。39歳「湯あみ」は湯気に霞む浴槽に、裸に日本髪の女性二人が沈んでほのかにエロチズムをたたえるが、顔に個性はなく、ようやく人間に興味がわいてきたという段階か。

44歳「姉妹」は、それまでの繊細な描線は力強くなって顔に個性があり、子を抱く姉の白い浴衣に配した青桐の木の緑が効果的だ。着物柄などの丹念な描写とそれを生かす脇役以外は何も描かない画面は自信に満ちている。

《姉妹》1943(昭和18)年頃、紙本着色・二曲屏風一隻、横浜美術館蔵(山口久像氏寄贈)
《姉妹》1943(昭和18)年頃、紙本着色・二曲屏風一隻、横浜美術館蔵(山口久像氏寄贈)

180点におよぶ作品リストプリントの、これはと思うものをメモしているが増えてゆくばかりだ。年代を経て変化する作風はその時々で完成し、この画風を一生続ければこれで大家なのにと余計なことも考える。

48歳「和春」の前でピタリと足が止まった。日本画にはあまり登場しない金網の前に二匹の猿がポーズをとる。猿、岩、木、金網と全く異なる質感はそれぞれに洗練され、緊張感のある配置ながら漂う飄逸な味わいはこの画家の天性の明るさか。効果を上げているのが画面下の緑色だ。何かを描いたわけではないが、試しにそこを手で隠してみると画面が途端に緊張してしまう。この画家は緑色にとくべつな愛着をもち、それは様々に絵の「最後の完成」を助けている。

《和春》1947(昭和22)年、紙本着色・二曲屏風一双、横浜美術館蔵(山口久像氏寄贈)
《和春》1947(昭和22)年、紙本着色・二曲屏風一双、横浜美術館蔵(山口久像氏寄贈)

そして戦後の昭和25年・51歳の「方広会の夜」の前に立ち、また身動きできなくなった。「東大寺法華堂で行われる、僧侶の学識試験をテーマに、講台に座す僧をあえて描かず、荘厳にして緊張感ある画面は、戦後の混迷を脱して新しい時代の芸術を創出しようとする清之自身の、静かで厳しい覚悟を象徴する」と解説にある通りだ。「自分は今この場所に座る」という画家再出発の決意に、ほのかな一灯が灯る象徴性。どちらかといえば、ありあまるナイーブな美的感覚による意匠的作風と感じていたが、この作は厳しい精神性が、それもまた精緻な画風をもって顕れてすばらしい。

《方広会の夜》1950(昭和25)年、紙本着色・二曲屏風一隻、横浜美術館蔵(山口久像氏寄贈)
《方広会の夜》1950(昭和25)年、紙本着色・二曲屏風一隻、横浜美術館蔵(山口久像氏寄贈)

そこを経て、精神性そのものを追求する日本画離れしたアンフォルメルな作風に変化。最晩年の78歳、横浜・三溪園の襖絵という絶好の依頼をうけた大作「鶴図」「竹図」は、すべての画業の総決算たる悠々とした大河を成していた。

回顧展の魅力はこれだ。おもむくままに画風を変遷させながら、つねに雑味のない清らかな洗練をもち続けた画家の幸福な生涯と思えた。

料理の美学

横浜美術館周辺は、ランドマークタワーや、同じデザインが3棟連続するクイーンズタワーあたりは看板一つないモダンな都会の夜景をつくる。そこから歩いて15分、桜木町駅を越えた野毛は、人間くさくごちゃごちゃした看板だらけの昭和の一大飲み屋街。この落差もハマの魅力だ。なじみの居酒屋「小半」に座り、ビールきゅー。

届いたお通しにハッとした。小鉢にまぐろ中トロ2切れ。そのピンク色を助ける大葉と菜の花の緑色の効果は、あたかも今見てきた絵の如し。日本料理は大葉や葱などの新鮮な緑色薬味が欠かせず、〈しこす(しこいわしの酢〆)〉も、〈生にしん刺身〉ももちろんたっぷり添えられる。そうか、緑はものごとを生き生きと見せる色だったんだ。気がつけば当たり前だが、いま深く認識した。試しにそれを皿から取り除いてみると、途端に貧弱に、いや、まずそうに見える。絵の中の効果もこれだったのか。

浦賀水道あたりで揚がる小さな「しこいわし」は、朝捕れをそのまま指で開いて生姜醤油がベストだが、足がはやく(傷みがはやく)、横須賀が本場、横浜が限度で東京には出ない。今日の〈しこす〉は酢〆した銀肌に点々と黒ゴマを散らし、黄色の針生姜と赤いはじかみをアクセントに、手描きの青い同心円縞柄の小鉢に盛り、これまた見てきた絵のような色彩効果がある。何気ない居酒屋だが、おいしく見せようとする美学は共通するのかもしれない。たくましい胸の若主人、短髪がすてきな美人奥様(好きです)が、アーチストに見えてきた。

photo: Kazuhiko Ota

今月のアート

横浜美術館
「横浜発 おもしろい画家 中島清之―日本画の迷宮」展

豊かな才気と旺盛な好奇心に満ち、常に新しい様式と手法に挑戦し続けた中島清之(1899〜1989)の青年期から最晩年に至る画業をたどる回顧展。初公開作品、さらに画稿やスケッチを含む約180点を展観し、一見同じ画家とは思われないほど多彩な作品世界を展開し、「変転の画家」と評された中島清之の思想や美意識を掘り下げる。
2016年1月11日(月・祝)まで
開館時間10時〜18時/木・年末年始休/会期中一部展示替あり

今日の一杯

小半(こなから)

吞んべえの聖地といわれる横浜・野毛にあって連日のにぎわいを見せる正当派・庶民派の居酒屋。看板に「のげ一お刺身がうまい 安い」とあるように、地の利を活かした新鮮な魚料理は絶品で、とくにしこいわしや鯨料理は必食の味。てきぱきと明るい主人夫婦の笑顔に和みながら、仲間とわいわいやるもよし、一人でしみじみするもよし。
神奈川県横浜市中区花咲町1-30
tel. 045-231-9137
営業時間17時~L.O22時/土日祝休

おおた・かずひこ

おおた・かずひこ
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家
著書『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『ひとり飲む、京都』など。新刊『ニッポンぶらり旅 熊本の桜納豆は下品でうまい』(集英社文庫)。BS11局・毎週水曜夜10時〜11時「ふらり旅いい酒いい肴」出演。