OTA KAZUHIKO Days of Wine&Art アートと一杯 太田和彦、美術と酒を巡る

第12回
「驚きの明治工藝」展から根岸「鍵屋」へ

平成16年に宮内庁三の丸尚蔵館で開かれた「近代日本の置物と彫刻と人形と」展で明治工芸への興味がわいていたが、東京藝術大学大学美術館の「驚きの明治工藝」展は、前期・後期あわせて出品点数133と格段に多く、期待をこめてやってきた。

第一章「写実の追求―まるで本物のように―」は、金属で龍、蛇、鳥、魚、海老、蟹、昆虫などを写実的に作り、胴、手、脚などを本物同様に動かせるようにした、おもに鉄製の「自在置物」だ。宙吊りされた《自在龍》は3メートルもある。一方、海老やトンボやバッタは実物大。甲冑のごとき大海老はいかにも機構的、曲がりくねる蛇《自在蛇》(その様子の動画もあり)、鯉は胴がうねり鰭も動き、それはもちろん実物生物の動きの再現だ。見ていて思う事はただ一つ「触って動かしてみたい」。この写実と機構に燃やす執念が日本の職人技で、それが留まり木や枯枝に留まる鳥、岩にしがみつく海老になると博物標本的を超えた風情が出る。これを室内に飾って時々動かしてみるのは楽しいにちがいない。

《自在龍》宗義
《自在龍》宗義
《自在蛇》宗義
《自在蛇》宗義

こちらは自在ではないが、古瓦に留まる雀、枯葉に座る蛙《葉上蛙》、古竹に這う蜥蜴、柄杓の手にちょこんと座る小さな青蛙《柄杓蛙》などは本物と見分けがつかなく、そのうち動くのではないかといつまでも見て、最後は指でつつきたくなる。

《葉上蛙》宮本理三郎
《葉上蛙》宮本理三郎
《柄杓蛙》宮本理三郎(部分)
《柄杓蛙》宮本理三郎(部分)

第二章「技巧を凝らす―どこまでやるの、ここまでやるか―」の、青磁の蓮葉に蝉がとまる《留蝉蓮葉水盤》は、陶磁器だけに表面は清潔にやわらかく、これは美術か飾りか実用か、そんなことはどうでもよく、世の中にこんなに良いものがあると思うばかりだ。

感嘆すべきは精密の超絶技巧だ。高さわずか12センチほどの小花瓶《薩摩焼送子観音花瓶》の絵柄は、保護ガラスケースに鼻を寄せいくら目を凝らしても細部までは読み取れないほど超精密で、拡大鏡がほしい。後で買った図録の、原寸よりも拡大したアップ写真は舟に乗る横笛や縦笛、笙などの楽士、水に張り出した亭から見る女人たちが「表情までも」豊かに描かれて圧倒する。

《薩摩焼送子観音花瓶》藪明山、明治~昭和時代
《薩摩焼送子観音花瓶》藪明山、明治~昭和時代

《花鳥文花瓶》の花鳥七宝の気品。《蒔絵螺鈿芝山花瓶》は螺鈿が光の角度で様々に光り輝く。《范寛雪山詩文字螺鈿煙管筒》は、長さ22センチの煙管入れに、精密な漢詩が抑揚豊かな楷書で切れ味よく螺鈿され文人好みの清雅がある。《閻魔出遊根付》はわずか4センチほどの根付に閻魔が歌い、鬼が箒で三味線を弾くが細かすぎてよくわからず、これも後に図録写真をさらに拡大鏡で見ると、まことに精密かつ量感をもった堂々たる彫刻で、いずれも気の遠くなるような仕事は職人の名人技による神品だ。

6センチほどの寝台に中国服の人物が眠る《邯鄲夢根付》は「ある青年が道士・邯鄲に借りた枕で眠り、立身出世する長大な夢を見たが、それは店の主人が煮炊きしているわずかな時間のことだった」という中国古事によるもので、寝そべる蓋を開けた中は、出世を果たした本人を群衆(!)が讃えている場面が彫られる。大正7年に記された高村光雲の箱書きには「これほどの精工な優作の作者が不明なのはまことに遺憾」とある。

《邯鄲夢根付》無銘、明治~大正時代
《邯鄲夢根付》無銘、明治~大正時代

前述の、平成16年の「近代日本の置物と彫刻と人形と」展へは、朝日新聞の評〈美術と工芸の境界からの挑発〉を読んで興味をわかせ、出かけた。その一部を引用させていただく。筆者は私の信頼していた田中三蔵編集委員だ。

〈……現在は、絵画や彫刻を中心とする「美術」と、その他の「工芸」の区分が画然とし、それに高低の関係まで付随している。が、明治時代のある時期までは未分化であり優劣はなかった。本展はその未分化状態の遺産や境界領域作品をクローズアップすることで、西欧近代の分類概念や価値観を導入した後の枠組みに縛られている私たちの目を相対化している。同時に「現代美術」のよって立つ基盤のあいまいさもさらす。〉

まさにそういうことだ。そうして私を心から感動させたのは、従来「置物」といわれた高さ20~30センチほどの人物彫刻だ。膝に置いた琴を奏する米原雲海作《無弦琴》の、音の境に心奪われた恍惚。杓を手に官服で座する竹内久一作《柏木探古像》のやや寂しげな理知的孤愁。北村四海作《羽衣》の乙女の願望を示す清純。

ギリシャ・ローマ、あるいはロダンなどの人物彫像はもとより西洋人の顔だ。そこに学んだ朝倉文夫も、あるいは立派な人の銅像にしても西洋人的立体表現に依っている。

しかしこの明治の小彫刻は全くの日本人の顔だ。日本の人物彫刻は仏像や聖人、仁王などにすぐれるが、拝む対象ではない普通の人の顔の彫刻を初めて見た気がする。それを写真に撮り(個人撮影は許可されている)、パソコンで実物の4倍くらいに大伸ばししたプリントで見て、肉眼では読み取り難かった表情の豊かさ、奥深さ、人間味にとことん感じ入った。これを額装して飾ろう。

《無弦琴》米原雲海、明治~大正時
《無弦琴》米原雲海、明治~大正時
《柏木探古像》竹内久一、明治~大正時
《柏木探古像》竹内久一、明治~大正時
《羽衣》北村四海、明治~大正時代
《羽衣》北村四海、明治~大正時代

本展で最も感動して離れがたかったのは銅製の大島如雲作《蝦蟇仙人置物》だ。だらしなく着物をはだけ、左頭上に高々と蝦蟇を持ち上げる高さ30センチもない像の、この世にこれほどの天真爛漫はないと思われる、よだれを垂らさんばかりの笑い顔のすばらしさ! 西洋の彫刻に笑い顔はまずなく、崇高さが英雄的な格調高い美として表現される。しかしこれは全くちがい、名もない大いなる俗人、無用の知恵をもたない生まれたままの無垢に人の理想を見る、これぞ東洋思想の境地ではないか。

《蝦蟇仙人置物》大島如雲、明治~昭和時代
《蝦蟇仙人置物》大島如雲、明治~昭和時代

芸術作品に感動してもそれをわが家に飾りたいと思うことはないが、初めて展示されたものを欲しいと思った。机上に置いて日々眺めたいと思った。それは心を落ち着かせ、人間への信頼を保たせるだろう。まことにすばらしい展覧会だった。

関東造りの小上がりで、職人の血を思

上野となりの根岸。静かな裏通りの、椿の大樹のある大正時代の木造二階家「鍵屋」の白暖簾から漏れる明かりがいい。もと踊りの師匠の家を、懇意の棟梁に腕を振るわせて居酒屋にした店内は剛直な関東造りで、要所に飾る古い銘酒ポスターが映える。厚い楓のカウンターもいいが、私は畳み小上がり座敷の隅が気に入りの場所。そろそろ冬の〈煮こごり〉が始まったかと思ったがまだで、〈かまぼこ〉〈たたみいわし〉で燗酒だ。

ふう……うまい。ここの良さは戦前と全く変わらないスタイルで飲めることだ。初代の建物は移築保存され今のは二代目だが、銅壷の燗も、小板に書かれた肴も同じだ。刺身など派手な料理ではなく、豆腐やさらし鯨、大根おろしなど日常のものでするのが晩酌。昔の東京の庶民は家で飲むことはなく、仕事帰りにちょいと寄って飲んでゆくのが晩酌だった。

鍵屋の酒屋創業は安政三年。昭和初期から店の隅で一杯飲ませるようになった。ということは、今藝大美術館で見てきたものを作った明治の職人も仕事じまいに寄ったかもしれない。私の祖父は五代続いた飾り箪笥などの金工職人で、幼いころ仕事する祖父を横で熱心に見ていた。私にも職人の血がながれていると思うとうれしい。

photo: Kazuhiko Ota

今月のアート

東京藝術大学大学美術館
「驚きの明治工藝」展

江戸時代に技術的に大きな発展を遂げ、明治に至っていっそう表現力を高めていった日本の工芸を、江戸時代後期から明治~昭和初期の作品によって紹介する展覧会。超絶的な技巧と緻密な細工、そして豊かな表現に驚嘆すること間違いなし。また、すべての作品が漢方の薬剤師、宋培安氏の個人コレクションであることも驚きだ。
2016年10月30日(日)まで ※会期中、一部作品の展示替えあり
毎週月曜日および10月11日(火)休館(10月10日は開館)
http://www.asahi.com/event/odorokimeiji/

今日の一杯

鍵屋

1856年に酒屋として創業し、やがて店頭で一杯売りを始め、現在の居酒屋へと、長い歴史を重ねてきた、古き正しき東京の名店。居酒屋好きにとっては憧れの存在でもあり、毎夕、開店を待ちわびる客が姿を連ねる。これからの季節は絶妙な温度につけられた燗酒がうれしい。女性だけでは入れない決まりになっているのでご注意を。
東京都台東区根岸3-6-23-18
tel. 03-3872-2227
営業時間: 17時~21時/日曜・祝日休

おおた・かずひこ

おおた・かずひこ
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家
著書『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『ひとり飲む、京都』など。新刊『日本の居酒屋―その県民性』(朝日新書)。BS11局・毎週水曜夜9時~9時54分「太田和彦 ふらり旅 いい酒いい肴」出演。