OTA KAZUHIKO Days of Wine&Art アートと一杯 太田和彦、美術と酒を巡る

第10回
「オサムグッズの原田治展」と
「根津 日本酒 多田」、それぞれの粋

©Osamu Harada/Osamu Goods®

私は弥生美術館の挿絵展示が好きでよく来る。今は「オサムグッズの原田治展」だ。

オサムグッズは、デザイナー原田治氏が自らのキャラクターイラストを中心にデザインした様々なグッズで、当時の少女たちを熱狂させた。1階2階は、バッグや文房具、ハンカチやタオル、ランチボックスやエプロン、その原画などでぎっしり埋まり、ポップでかわいい品々が花園のようだ。時間帯もあるが、見ているのは中年を過ぎた元少女ばかり。じっと凝視する目の輝き、もらすため息はずばり「青春の甘酸っぱい思い出」だ。

Schoolbag(Jack) ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Schoolbag(Jack) ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Schoolbag(Jill)©Osamu Harada/Osamu Goods®
Schoolbag(Jill)©Osamu Harada/Osamu Goods®
Tooth Brush ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Tooth Brush ©Osamu Harada/Osamu Goods®

氏が自分の仕事について書いた文に読みごたえがある。

〈「可愛い」イラストを、子供ではなく、すこし大人になりかかった十代対象に、デザインによって可愛らしく見せるテクニックは、わざと大人っぽい書体の文字を使ったレイアウト。派手で大胆にデザインする場合でも、イラストを突き放したような冷淡な扱いにするとことで、切なさや、たよりなさを感じさせることができます。「かわいそう」と「可愛い」は紙一重の関係なのでしょう。〉

資生堂で女性相手の化粧品広告を作っていたデザイナーの私にはとてもよくわかる。

続けて〈見る人に客観的視点を与えることがコツです。この客観的にものを見る方法もまたぼくは映画から学んだような気がします。〉子供の頃からはえぬきの映画マニアで、ソウル・バスなどの洋画タイトルデザインに感動したというのも私と全く同じだ。

Poster ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Poster ©Osamu Harada/Osamu Goods®

さらに映画監督・二川文太郎(戦前の大監督。代表作に版妻主演の『雄呂血』1925年)は氏の祖父で、会社のタイトル部で映画タイトルのデザインもしていた、その血は自分にもあるのかもしれない、との記述には驚いた。私は古い日本映画をよく見ており、某美大の教壇に立っていたとき、そのタイトルやロゴデザインのすばらしさを研究しようと思ったこともある。

原田氏は私と同じ1946年生まれ。青山学院中高部から多摩美大に学び、アメリカ遊学ののちフリーのイラストレーターになった。私が資生堂に入ってデザインを始めた1970年代はイラストレーターブームで、様々な作風が百花繚乱に現れたが、原田さんの洗練は余人を圧倒していた。資生堂のものではないが、私は仕事を依頼に築地明石町のアトリエを訪ね、ハリウッドの知的で優しい男優のような落ち着いた人柄に感銘したことがあった。

それだけではない。氏の『ぼくの美術帖』(2006年/みすず書房)を読んで目からうろこが落ちた。ティツィアーノ、デュフィはともかく、小村雪岱、木村荘八、鏑木清方、宮田重雄、鈴木信太郎と新聞連載小説挿絵に注目し、詩人でグラフィックデザイナーの北園克衛に及ぶ。ルネサンスの巨匠も、フランスの洗練も、新聞挿絵も同等に注目するしなやかな視点は、私の頭でっかちな美術観を一変させた。私とて子供の頃、同じ新聞挿絵を見て好きだったのだ。文中の一節〈現代の芸術は荒廃していると思います。画壇は、さながら病院の如き相を呈しています。誰も絵画から生きる悦びを感じとらず、同病相憐れむばかりです。と、考えるのはぼく一人でしょうか。しかし現代芸術など、どうでもよい問題です。〉に爽快感をおぼえ、以降私の美術観の基礎となった。

Illustration Original(Jill & Cat) ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Illustration Original(Jill & Cat) ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Illustration Original(Jack&Jill) ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Illustration Original(Jack&Jill) ©Osamu Harada/Osamu Goods®

話を展覧会に戻そう。そういうデザイナーが周到に計算して作ったキャラクターの魅力は、来場者用に置かれたノートに記されている。

〈青春時代にタイムスリップ!! 忘れていたのですが、あのランチボックスで毎日お弁当を食べていた高校時代を思い出し思わず涙でした。それからおこづかいでは買えなかった数々の品たちに再会できて感無量です。今なら大人買いできるのに(笑)〉

〈高校時代の思い出と共に、なつかしくて感激しました。辛いことがあっても、キャラクターの笑顔にいつも元気をもらっていました。ありがとうございました。〉

〈高校時代、島根の田舎町に住んでいてオサムグッズをわざわざ広島まで買いに行っていました。手に入れた時のワクワクドキドキ感は今も忘れません。何でも手に入る現代では味わえない高揚感と満足感でした。本当に愛らしくて今でも大好きです〉

札幌や大阪から見に来た人も熱心に書いている。これほど人を幸せにするものがある。少女の夢を、気品をもって明るく造形した作品は永遠だった。

Illustration Original(Mother Goose) ©Osamu Harada/Osamu Goods®
Illustration Original(Mother Goose) ©Osamu Harada/Osamu Goods®

根津の新店で「粋を感じる」

言問通りを下った根津は、大人の散歩ができる町としていま大人気だ。そこに昨年九月開店した居酒屋「根津 日本酒 多田」はたちまち人が集まった。私はしばらく前に来たばかりで顔なじみだ。カウンターと机二つの小さな店は無駄なく洗練され、飾る四斗樽薦被りや酒蔵前掛けが日本酒愛を物語る。今日のお通し小鉢は、そうめんのように切ったズッキーニを出汁に浸して生雲丹をのせた夏の品。合わせて必ず出る〈鞍掛豆の浸し〉は錫の小盃がいい。主人は目の澄んだまだ若者、お酒担当はなお若い美人。自分たちの夢をかなえた若夫婦の初々しさを目にしての一杯は格別だ。

江戸~東京の中心である築地明石町に生まれて歌舞伎や落語に親しみ、子供の頃から日比谷の「アメリカンファーマシー」に出入りして、アメリカンデザインを吸収した原田氏の作品の要は、大衆社会で洗練を重ねてきた結果の「粋」だ。50~60年代の古きよきアメリカのその典型を見たのだろう。

オレか、オレは、古きよき江戸の居酒屋に「粋」の典型を見つけたつもりだが(笑)。原田さんと一杯やりたいな。

photo: Kazuhiko Ota

今月のアート

弥生美術館
「オサムグッズの原田治展」

イラストレーター原田治がオサムグッズを創り出してから40周年。「オサムグッズの原田治展」では、1980~90年代にかけて女子中高生に絶大なる人気を博したOSAMU GOODS® 約1,000点や貴重な原画を一挙公開。会場限定のグッズ販売などもあり、かつてのファンはもちろん、現代のティーンも必見。
2016年9月25日(日)まで
毎週月曜日休館、ただし9月19日(月・祝)は臨時開館
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp

今日の一杯

根津 日本酒 多田

「素晴らしき日本酒の世界をもっともっと知ってもらいたい」と2015年に開店したばかりの日本酒専門店。ホテルマンから転身し、名店の居酒屋で修業を積んだ店主の料理は、フレンチテイストから丁寧に出汁をとった汁ものまで揃い、それぞれにベストマッチする日本酒もすすめてくれる。
東京都文京区根津2-15-12 木村ビル1F
tel. 03-5809-0134
営業時間:火~金17時30分~23時30分、土・日15時30分~22時/月曜休

おおた・かずひこ

おおた・かずひこ
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家
著書『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『ひとり飲む、京都』など。新刊『日本の居酒屋―その県民性』(朝日新書)。BS11局・毎週水曜夜9時~9時54分「太田和彦 ふらり旅 いい酒いい肴」出演。