昼のおでかけ、真夜中の好奇心

山内マリコ 連載エッセイ【第九回】
少女は都会をめざす

いまでこそ一人で映画館に行くくらいどうってことないけど、慣れるまでは毎回が冒険だった。大阪の大学に通っていた2000年前後、観たいと思う映画のほとんどが、スカイビルにあった「梅田ガーデンシネマ」か、茶屋町のロフト地下の「テアトル梅田」で公開されていて、でも一人で行くのが怖くて怖くて、最初のうちは毎回誰かを誘っていた。やがて友達を誘い出すのも億劫になり、意を決して一人で梅田まで行くようになったものの、地図を鞄に忍ばせ、迷子になりながらほうほうの体でたどり着いた。記憶が曖昧だけど、『ゴーストワールド』や『リリイ・シュシュのすべて』は梅田ガーデンシネマで、『ヴァージン・スーサイズ』や『ファストフード・ファストウーマン』はテアトル梅田で観たと思う。すごく気に入ってその後リピートしている『ファストフード・ファストウーマン』を、最初に観たのはそうか、ロフトの地下だったのか~と、いま書きながら思い出し、じーんとしてしまった。スカイビルの梅田ガーデンシネマの方は、数年前にクローズしたらしい。とてもきれいで、すごく見晴らしのいいロビーがあった。

親によるとわたしの映画館デビューは『E.T.』だそうだけど、はじめての映画館として記憶にあるのは、断然『魔女の宅急便』だ。同級生のちょっとませた女の子に誘われて、仲良し3人組で行った。入れ替え制じゃなかったようで、えんじ色の革クッションみたいな防音材のついた重たい扉を開けると、ちょうど映画はクライマックスの真っ最中。飛行船に宙吊りになったトンボを、スランプ中でまだ箒にうまく乗れないキキが助ける場面、しかも見事空中でキャッチした大団円の瞬間が目に飛び込んできたのだった。劇場には子供たちばかりで騒々しいのと、呑み込まれそうな大画面に緊張して、まったくどんな話だったかわからず帰路につき、その後テレビ放映を観て、「ああ、そういう話だったんだ」と思った。自分の中でこの映画が特別になったのは、高校を卒業して、親元を離れてからのこと。一人暮らしの部屋でくり返し何度も何度も、数えきれないくらい観た。

いつだったか宮崎駿がテレビで語っているのを聞いたことがある。『魔女の宅急便』のキキについて、「その姿が、ちょうどいま高校を出て、東京に出てくる人たちの姿と非常によく似ている」と言っていた。「この映画を通じて、いまの若い人たちが、それぞれ壁にぶつかったり、落ち込んだり、それを乗り越えたりしていく過程と、キキっていう女の子が、13歳で独り立ちする過程と重ね合わせて」描いたと言っていて、わたしはテレビに向かって思わず手を合わせた。とくになにも持っていない女の子が都会に出て自立していく過程を描いた作品はなんでも好きだけど、折にふれて心の支えになったのは、やっぱり『魔女の宅急便』だ。東京に出て10年が経ち、さすがにもうこの映画を必要とする年ごろは過ぎたけれど、こうなってみるとなんだか、『魔女の宅急便』に支えられていたころの自分が懐かしい。何十年か寝かせて、記憶もすっかり薄れたころに、なんなら死ぬ前とかに、もう一度観たいなぁと思う。

この7月に公開されたばかりの『ブルックリン』は、シアーシャ・ローナン演じるエイリシュが、アイルランドからブルックリンへと移民する映画だけど、本質的には『魔女の宅急便』と同じ、上京物語だ。田舎町で育った女の子が、都会に出ていろんな経験をして大人になっていくストーリー。青年は荒野をめざすもの、そして女の子は都会をめざし、働き、恋をして、魅力的に成長するものと相場が決まっているのだ。深刻なホームシックにかかり、気を許せる友達もできず、仕事も性に合わず、そもそも性格的に都会が苦手そうなエイリシュを、ハラハラしながら見守った。だって、これで恋愛で傷ついたら、立ち直れないじゃん……。

ところが、なぜかエイリシュは男運がすこぶる良くて、いきなり結婚しても大丈夫そうな彼氏と、きちんと出会うのである。イタリア系の、背はちょっと低いナイスガイ。男性経験はないに等しいエイリシュが、出会いの時点で結婚まで視野に入れた慎重な見極めができているので驚いた。無駄撃ちゼロ、最短距離で結婚まで行ってしまえそうな、あの男選びの眼力はどこで鍛えられたのか!?

2012年に白水社から出ている原作小説(『ブルックリン』コルム・トビーン著、栩木伸明訳)を何年も「積ん読」していたのを、映画を観たのを機に手に取ったところ、エイリシュ(原作ではアイリーシュ)の男性に対する冷静さは健在だった。恋に浮かれて先走りがちな彼氏に、「わたしに無理強いしないで」なんてさらっと言えるとはえらい。この時点でエイリシュは、男性と対等につき合うことができる、充分に大人の女なのであった。

このあいだ『翻訳できない世界のことば』(エラ・フランシス・サンダース著、前田まゆみ訳、創元社)というかわいらしい本をめくっていると、日本語からは「木漏れ日」や「侘び寂び」にまじって、「積ん読」が紹介されていたのでけっこう驚いた。「積ん読」をピックアップしましたか! と。さらに形容詞「ボケっと(BOKETTO)」も登場。「なにも特別なことを考えず、ぼんやりと遠くを見ているときの気持ち」と定義されているのが素晴らしかった。言葉は、その国に生まれ育った人たちが、なににこだわっているのか、なにを大切にしているのか、その感受性までもを表現している。もしなにか言葉を作っていいなら、名詞「キキ」で、「都会に飛び出して自活しようとする勇敢な心」とかどうだろう。一方、名詞「エイリシュ」は、「結婚相手にふさわしい男性を見抜ける目」か。どちらも主に、女性に使う言葉として。

ウィキペディア情報によると、『魔女の宅急便』で描かれた街コリコのモデルとなっている国の中には、1988年に宮崎駿が個人的に旅行したアイルランドも含まれているらしい。ブルックリンへは今年1月のニューヨーク旅行でわたしも足をのばしたけど、冬だったせいかどこか空気が重たかった。ちなみにブルックリンからイーストリバーを隔てたマンハッタンに住まいを移すのは、埼玉から荒川を越えて東京都内へ引っ越すみたいな、近くて遠くて実に難しい、「上京」だと聞いたことがある。

山内 マリコ

山内 マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR―18 文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。著書に『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)『パリ行ったことないの』(CCCメディアハウス)『かわいい結婚』(講談社)『東京23話』(ポプラ社)などが ある。 最新刊は初のエッセイ集『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』(文春文庫)。「小説すばる」にて長編小説を、「anan」「TV Bros.」等でエッセイを連載中。

illust: M!DOR! photo: Kiyoshi Mori