昼のおでかけ、真夜中の好奇心

山内マリコ 連載エッセイ【第八回】
台湾メモリアル ~キャラと自撮り~

アメリカやヨーロッパにばかりぼんやり憧れて、アジアの国々に特別な興味を持ったことがなかった。だから台湾好きの友人から旅行に誘われたときも、島国なのはなんとなく知っているものの、それがどんな形をして、地図のどのあたりに浮かんでいるかはさっぱりだった。けれどまあ、今回も「行ってみよう」の精神で、誘いに乗ることにした。

正直に言うと、中国や香港との違いさえよくわからない体たらくなのだが、2003年に公開された青春映画『藍色夏恋』のイメージは、とても強く残っている。主人公は高校生の男女。南国らしい暑さと湿気がまとわりついて、制服姿の彼らはいつもうっすら汗ばんでいた。不器用な初恋ものだったと記憶しているけど、すれてなくて、あざとくなくて、その土地自体に純朴さが残っているような感じに、胸がきゅんとした。

行きの機内でガイドブックを開くも、女子向けのライトな作りのせいか店情報ばかりで、台湾がいったいどういう国なのかについてはあまり触れられていない。旅行ガイドの1ページや2ページではとても説明しきれない複雑そうな事情は、『流』(東山彰良著・講談社)を読めばひしひしと感じられた。中国本土の支配を受けたのち、第二次世界大戦が終わるまでの約50年間は日本に統治され、その後、蒋介石率いる国民党が中国から進駐。これ以前から台湾にいた人を「本省人」、これ以後に大陸から来た人を「外省人」と呼び、さらにはもっと以前から住んでいた「原住民」もおり、使われている言葉も公用語の中国語(北京語)だけでなく、台湾語や部族ごとの言語があるという。なにやら難しい国のようで、怖気づいてしまう。

しかしながら、台湾桃園国際空港に降り立ったわたしの目に飛び込んできたのは、おびただしい数のゆるキャラであった。広告はもちろん、チェーン展開する店の看板には軒並みマスコットキャラが描かれ、駅や空港で見かけるちょっとした案内板にも必ずオリジナルのキャラクターがついている。MRT(新交通システム)のICカードを買ったら、そこにも当然のように可愛らしいキャラが描かれていた。ちょっとしたキャラ天国である。

日本の異常なゆるキャラ好きをアメリカのコメディー番組が思いっきりイジっている動画を見たときは、なんだか笑うに笑えないいたたまれない気持ちを味わったものだけど、日本より台湾の方がゆうに3倍はいそうなくらい、とにかくキャラが目について、猛烈な親近感を抱く。猫村として有名な猴硐(ホウトン)に行ったところ、猫より猫キャラの方がはるかに多く、しかもイラストのテイストがちょっとエイティーズ風だったりと憎めない。ヘビーな歴史はひとまず置いておくとして、いま現在とにかく平和であることは、ゆるキャラたちを見れば一目瞭然なのだった。こんなのん気なキャラクターデザイン、平和じゃないと出てこないだろう。そしてこんなにキャラクターがあちこちに描かれている国は、さぞかし治安も良かろう、人も好かろう。

そういえばこんなことがあった。市内からちょっとはずれた場所にあるアンティークショップ(という名のジャンクショップ)に行ったときのこと。単行本くらいの大きさの木板に描かれたイコンを見つけてレジに持って行ったところ、値札を見たバイトの男の子が「この値段からすると、別の付属品があるはずだ。でもその付属品がなにかは自分たちにはわからない。ボスにしかわからないから売れない」と言う。つたない英語でどうにかお願いしてボスを呼んでもらうことになったのだけど、なにしろ相手は「ボス」だから内心ドキドキ。待つこと数分後、やって来たボスは事情を聞くなりイコンを見て、「付属品があるわけじゃなくて、これはただの値札の貼り間違いでしょう。高すぎます」と言って、適正価格で売ってくれたのだった。もとの値段は日本円で1万ちょっと、その値段でわたしに売りつけることだってできたのに、この正直さ。……気に入った! わたしはすっかり台湾が好きになったのだった。

魯肉飯(ルーローハン)に鹹豆漿(シェントウジャン)、肉粥に火鍋に酸菜白肉鍋、「50嵐」のタピオカミルクティーに「思慕昔」のかき氷などなど、台北市内をあちこち食べ歩いた5日間だったけど、電車を乗り継いで観光名所の九份(キュウフン)にも足を延ばした。

金鉱で栄えた九份は、山あいに拓かれた石段の街であり、日本統治時代のレトロな建物が残る。ここはホウ・シャオシェン監督の映画『悲情城市』の舞台になったことで有名になり、いまや観光地として大人気なのだが、肝心の『悲情城市』を観たことがなかったので、帰国してからあわてて観た。日本の敗戦によって中国へ復帰するも、本省人と外省人が衝突した「二・二八事件」が起こり、その後40年にわたって戒厳令が敷かれることとなった台湾。戦後の激動を生きる林一族を淡々と描く、叙事詩のような映画だった。

実際に台湾に行き、『流』を読んだり『悲情城市』を観たりすることで、やっとなんとなく、彼の国の背景を垣間見た気がする。日本も大きく絡んでいるわりに、こちらは無知を決め込んでいたようで、恥ずかしいやら申し訳ないやら、いまさらながら学ぶことの多い旅だった。

日本に戻ってまだ2週間しか経っていないのに、もう台湾の空気がなつかしい。それで、ずっと気になっていた川島小鳥の写真集『明星』(ナナロク社)を買った。ここに写された台湾の少年少女の姿は天真爛漫で、どこか『藍色夏恋』の台湾を感じさせてくれる。

けれどわたしが実際に見た台湾の若者たちは、おしゃれな街並みとあらばマイ三脚にスマホをセットし、周囲の視線もなんのその、雑誌のフォトシューティングばりの演出で自撮りしまくる猛者たちだった。その自意識の強度に圧倒され、敗北感すら覚えたけれど、同時にちょっとだけうらやましいなとも思った。なんか青春を謳歌してるって感じで。

山内 マリコ

山内 マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR―18 文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。著書に『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)『パリ行ったことないの』(CCCメディアハウス)『かわいい結婚』(講談社)『東京23話』(ポプラ社)などが ある。 最新刊は初のエッセイ集『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』(文春文庫)。「小説すばる」にて長編小説を、「anan」「TV Bros.」等でエッセイを連載中。

illust: M!DOR! photo: Kiyoshi Mori