昼のおでかけ、真夜中の好奇心

山内マリコ 連載エッセイ【第七回】
まぼろしの菊富士ホテルと、黒船屋の女

二十代のころは考えられなかったけれど、ここ最近、季節の花に目がない。梅が咲きはじめると「梅が見たい!」と名所を調べ、桜が開花するやソワソワ落ち着かず、お出かけプランをあれこれ練るものの、そのくせ週末は仕事で潰れがちで、計画倒れ率が半端じゃない。今週こそは来週こそはと思っているうちに、梅も桜もいまいち堪能しきれずに終わってしまった。

次なるターゲットはツツジ! 梅と桜の教訓を活かし、もたもたしてないで名所に足を運ばねばと、はじまったばかりの“文京つつじまつり”を見に根津神社へ行ってきた。若干フライング気味だったようで、まだ葉っぱが多く満開まであと少しというところだったけれど、こんもりした丸いフォルムのツツジの株が、斜面いっぱいにみっしり茂っているのはなかなか壮観だった。が、満開の様子を写真で見ると、一面が極楽浄土のような彩りで、格別。ああ、もうちょっと待ってから行くべきだったかも……と大いに悔やむ。花の最盛期に合わせて出かけるの、難しすぎである。

根津神社の境内で、「根津権現かいわい浪漫ちっくマップ」なるものを入手する。根津権現(ごんげん)とは根津神社のことで、夏目漱石や森鴎外の小説にはこの名前で登場している。地図を広げると不忍通りの東西に、文豪の旧居跡やゆかりのスポットが驚くほど大量にマークされている。谷中、根津、千駄木のことを最近は「谷根千(やねせん)」と呼んでよく雑誌に取り上げられているけれど、およそ百年ほど昔、この辺りはご近所といえる距離にたくさんの文化人が住んでいたらしい。

面白いのはその密集ぶりである。江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』の舞台となった団子坂には、乱歩本人が営んでいた古本屋「三人書房」跡があり、すぐ先には平塚らいてうが起ち上げた「青鞜社」発祥の地があり、坂下へと下りて行くと佐藤春夫の家があって、さらにそのお向かいには森鴎外が暮らし「観潮楼」と名付けた家があった(現在は森鴎外記念館)。谷根千は、木造住宅がぎゅっと肩を寄せ合うように密集していて、それがなんともいえない下町風情を感じさせるけど、名所旧跡もまた歩いて行ける距離に集中しているのだ。

森鴎外記念館前の薮下通りは、「永井荷風ゆかりの」と地図にあるが、どういうゆかりかは載っていない。薮下通りの先には日医大(日本医科大学付属病院)があるけれど、ここはかつて根津遊郭があった所で、旧加賀藩の大名屋敷跡に東京大学ができることになり、近くに遊郭があるのは学生によろしくないということで洲崎に移転したと聞いたことがある。もしや先生、そこの常連だった? さっそく「永井荷風 遊郭 行きつけ」で検索してみたけど、残念ながら特にヒットせず。ちなみに佐藤春夫の家は、外壁がピンク色でちょっと異国風。いまは故郷の和歌山県新宮市に移築され、佐藤春夫記念館になっているそうだ。

さらに地図を見ると、本郷三丁目駅から春日駅にかけての一帯には、坪内逍遥と宮沢賢治が、道一本隔てた場所に住んでいたことがわかる。そのすぐ近くには、樋口一葉の居住跡のみならず、水を汲んだ井戸や、たびたび通った伊勢屋質店などが残っており、ああ、ここで生活していたんだなぁという感じがする。もちろん、この三人がそこで暮らした年代はまちまちだから、道ですれ違ったりはしていないだろうけど。

その点、目と鼻の先にあった菊富士ホテルでは、同時代人が盛んに交流していた。ホテルは大正三年、上野公園で開かれる東京大正博覧会に来る外国人観光客を見込んで建てられた。地下一階、地上三階、立派な塔まで戴いた洋風造りの、東京で三番目に誕生したホテルである。高級路線で宿泊費もお高めだったが、外国人客が去ると、そのうち支払いの悪い貧乏文士や画家、音楽家たちに居着かれてしまうことになった。

『本郷菊富士ホテル』(近藤富枝著・中公文庫)のなかに、大正八年頃に滞在していた谷崎潤一郎が、ある美しい女性のあとをつけようとする場面が出てくる。着物姿の女性が月経と思しき血を滴らせて歩いていたという話を聞いた谷崎が、「なに、おれ見に行こう」と色めき立ったのだ。ただでさえ強烈なエピソードなのに、その女性が竹久夢二の恋人のお葉だったりするから、この時代の菊富士ホテルは磁場が狂っているとしか言いようがない。谷崎と同時期に、二室隔てた部屋に夢二がいて、そこでお葉をモデルにあの『黒船屋』を描いた。谷崎がお葉の血を見ようとあとをつける描写は、同ホテルを舞台にした上村一夫の『菊坂ホテル』(朝日新聞出版)にもそのまま登場している。谷崎と夢二がとくに親しくしていた様子はないけれど、なんとなくぞくぞくするような邂逅である。

ところで調べてぎょっとしたのは、このときのお葉の年齢だ。本では十七歳とあったが、実際はもっと若く、当時十五歳くらいだったようだ。『黒船屋』の絵から受ける印象も、夢二が撮ったとされる数々の写真の色っぽさから見ても、てっきり二十七歳くらいの大人の女とばかり思っていたけれど……。彼女をモデルにしたのは夢二だけでなく、洋画家の藤島武二は『芳蕙(ほうけい)』を描き、伊藤晴雨は責め絵を描いた。伊藤晴雨にいたってはお葉が十二歳のときに“愛人”にしたというから、頭がくらくらしてくる。『D坂の殺人事件』を読むと、被害者である古本屋の妻は「女のマゾッホ」「被虐色情者」とあるけれど、実相寺昭雄監督が撮った映画版では、伊藤晴雨とお葉を思わせる世界観がブレンドされていて、湿度の異常に高いエロスが充満していた。様々なタイプの画家に求められた危ういミューズだが、二十代後半で医師と結婚してからは、ごく普通の主婦として穏やかに暮らしたという情報が出てきて、それもそれでなんだかすごいなと、すがすがしい気持ちになった。どこの天才野郎にどんな風に描かれようとも、いっこうにすり減らず、芸術なんかにスポイルされず、図太く楽しくのほほんと生きたと思うと、とても素敵だ。

菊富士ホテルが営業していたのは三十年ほどの間で、昭和二十年に東京大空襲で焼失してしまったが、どんな場所にあったのか知りたくて、坂だらけの街を歩き回った。菊坂の途中にそれっぽい高台が見えるものの、石碑は会社の敷地内にあるようで、結局確認できず。街歩きというと生易しい感じがするけど、石碑一つ見つけるだけでこんなに大変とは思わなかった。「根津権現かいわい浪漫ちっくマップ」を全制覇するには、この界隈に住むしかなさそう。いや、住んだところで制覇するのは無理だろうな。

山内 マリコ

山内 マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR―18 文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。著書に『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)『パリ行ったことないの』(CCCメディアハウス)『かわいい結婚』(講談社)『東京23話』(ポプラ社)などがある。最新刊は初のエッセイ集『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』(文春文庫)。「小説すばる」にて長編小説を、「anan」「TV Bros.」等でエッセイを連載中。

illust: M!DOR! photo: Kiyoshi Mori