昼のおでかけ、真夜中の好奇心

山内マリコ 連載エッセイ
【第六回】入間、狭山、そしてワシントンハイツ

米軍ハウスにうっすら憧れている。白いペンキが塗られた平屋、家の前には芝生が広がりもこもこした常緑樹が溢れ、玄関脇にポーチなんかあればもう最高。昔住んでいたアパートから少し歩いたところに阿佐ヶ谷住宅があって、公団ながら開放感いっぱいのテラスハウスが並ぶ一角を散歩がてらうろついては、いいなぁ~いいなぁ~と指をくわえて眺めていた。建て替えで揉めていたらしく、そのころすでにほとんど廃屋のような状態になっていたけど、それでもできるものなら住んでみたいと心底思ったものだ。味があるボロボロの戸建てをきちんと手入れしながら暮らすのは、“世田谷に3億円の豪邸”なんかより、はるかに理想である。

ところが、古くなって傷んだらごっそり建て替えようという発想が主流の日本で、そういった生活を実行するのは至難の業だ。そもそも家を手入れするという習慣がない。現にわたしも引っ越して一年経つマンションに、手入れといえるほどの愛情を注いでいるとは言いがたく……。賃貸ゆえ、手を加えたくても加えられないというのもあるけれど、これが持ち家でもなかなかそこまで気が回らないんじゃないかと思う。それでも、可愛らしい小さな平屋に、住めるものならいつか住んでみたい。

『FLAT HOUSE LIFE 米軍ハウス、文化住宅、古民家……古くて新しい「平屋暮らし」のすすめ』(アラタ・クールハンド著・中央公論新社)は、米軍ハウス憧れが自分のなかでピークに達していたときに買って以来、ときどき本棚から取り出しては眺めている一冊。ここに、良いフラットハウス探しのコツが書いてあった。それによると、「先ず地図で緑地公園を探そう」とある。「そういう公園は昔米軍に接収された土地だった可能性があるため、周辺に古い平屋があることが多い。モチロン基地の街も然りである」。そう、考えれば当たり前のことだけど、米軍ハウスはその名の通り米軍が住む家なわけだから、GHQにオキュパイド(占領)された時代の名残りなのだ。

先日友人に誘われて、埼玉県入間市にあるジョンソンタウンに行って来た。米軍ハウスを活かした街づくりがされていて、歴史に則った、地に足の着いたテーマパークといった場所になっている。カフェや雑貨屋さんもあれば、歯医者や接骨院など生活に根ざしたテナントも多く、実際に人が住んでいるのも興味深い。周辺にも普通に人が暮らしている米軍ハウスがけっこうあって、あちこちにアメリカの匂いがした。

さらに足を延ばして、狭山稲荷山公園へも行ってみた。かなり広大な芝生公園があり、桜のシーズンは地元の花見客でにぎわうという話だけど、ここも返還される前はジョンソン空軍基地の一部であり、昔は米軍が将校用の住宅用地として使っていたという。「ハイドパーク」と呼ばれ、1990年代までは廃墟化した米軍ハウスが残されていたそうだ。言われてみれば、公園の中に馬蹄型の車道が通され芝生がゆったりと広がった感じは、アメリカの郊外を彷彿させる。そして数ある東京の公園のなかでも、上野恩賜公園でもなく井の頭公園でもなく日比谷公園でもなく、代々木公園にすごく似ている。それで、「あっ、そういえば!」と思い出した。代々木公園もその昔、米軍将校とその家族が暮らす家々が建ち並び、「ワシントンハイツ」と呼ばれた場所だったと、たしかに聞いたことがあった。

JR原宿駅から神宮橋をわたり、明治神宮の第一鳥居をかすめて少し歩いた先、代々木公園の入り口のすぐそばに、一軒のボロ屋が残されている。わたしが立ち寄ったときはちょうどミモザの花がふわふわと咲いていて、オリーブの木なんかが申し訳程度に植えられた小径の先に、その家はあった。どこからどう見ても米軍ハウスだけど、看板に「米軍」の文字はなく、1964年の東京オリンピックの際に選手村として使われていて、それを記念して保存されているとだけ記されていた。けれどこの説明、『ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後』(秋尾沙戸子著・新潮文庫)を読んだいまだと、非常に空々しく見えてしまう。元は米軍ハウスだった過去をこれだけ隠蔽しているってことは、ワシントンハイツは日本の黒歴史と認識しているのかと、勘ぐりたくなるほど……。

いま生きている日本人の多くがそうであるように、わたしも戦争は経験していないし、その爪痕がきれいに消された世界で生まれ育った。いくら「忘れてはいけない」と繰り返しテレビで取り上げられても、第二次世界大戦は「戦争の悲惨さ」として定型化され、戦後の復興はなんだか一瞬で成し遂げられたような気がしてしまう。けれど大著『ワシントンハイツ』を読むと、昭和20年からの一日一日が、我が身に迫ってくるように感じられた。いまやビッグメゾンの路面店が軒を連ねる表参道が、焼夷弾の熱風で目も開けられないほどだったこと、積み重なった遺体は臭気を放ちながら、角に建つ銀行の二階にまで達しそうだったことが、まるで実際に見た光景であるかのように浮かぶ。日本国憲法の草案が慌ただしく作られていく過程もまたリアルだった。わずか22歳のベアテ・シロタ・ゴードンさんが、白洲次郎のとなりに座り、憲法に女性の権利を盛り込もうと奮闘するシーンの、可憐な勇ましさ。やがて明治神宮の真横、東京のど真ん中に米軍ハウスが建てられ、彼らにとって快適なように東京が、みるみる整備されていく。そうしてアメリカ文化は少しずつ少しずつ、砂漠に水が滲みるように浸透し、東京を覆ってゆく――。

この本を読んだいま、否応なく考え込んでしまうのだった。果たしてわたし、こんなに無邪気に米軍ハウスに憧れてて、いいのだろうか……?

山内 マリコ

山内 マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR―18 文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。著書に『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)『パリ行ったことないの』(CCCメディアハウス)『かわいい結婚』(講談社)『東京23話』(ポプラ社)などがある。最新刊は初のエッセイ集『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』(文春文庫)。「CREA」「小説すばる」にて長編小説を、「anan」「TV Bros.」等でエッセイを連載中。

illust: M!DOR! photo: Kiyoshi Mori