昼のおでかけ、真夜中の好奇心

山内マリコ 連載エッセイ
【第三回】 京都の思い出と、伝説のマダム

大人になってまだ日が浅いので、いろいろと手落ちが多い。先日、熱海へ温泉旅行に行ってきたのだけど、紅葉の時季を思いきり外してしまってガックリ。「まだまだだな」と痛感した。「熱海の紅葉は日本一遅い」ということを知らなかったのだ。大人というのはこういうことを、検索せずとも基礎知識として知っているものな気がする。先日35歳になって、アラサーからアラフォーへと移行したのだが、まだまだ大人のとば口である。そもそも、温泉旅行や紅葉なんかを普通に楽しめるようになったのも、30代に入ってからのここ数年のことだ。

しばらく忙しくてろくに外出もしていなかったので、どうしても旅行に行きたいと無理やり計画を立てたものの、行き先は二転三転した。当初の第一候補は修善寺、そのあと京都案が浮上するも、結局熱海に。なにしろ圧倒的に近い。新幹線に乗ると、東京都内から45分ほどで着いてしまう。あまりにも近すぎて旅行している感が薄く、ちょっと物足りないくらいだった。次に行くときは、踊り子号でゆっくり行こうと心に誓った。

第二候補の京都へは、毎年のように行きたい行きたいと口にしているけど、実は10年ほど前に数年間住んでいたことがあるのだ。大学出たてで就職を放棄し、身の振り方がまったく定まっていない状態ながら、「京都ってステキやなぁ~」というぼんやりしたイメージだけ持って、なんとなく引っ越してしまった。

あれは2003年の4月、これからの展望はなにもなく、人生でもっとも不安定な時期。わたしは、京都に桜目当てでやって来る観光客のあまりの多さとすさまじいテンションにすっかりヤラれて、それはもう凹んだ。こともあろうに祇園の近くに住んでいたので、ちょっとスーパーへ行こうにも、東大路通は大混雑、ろくに前に進まないのだ。車道もまた相当に殺気立って、クラクションが鳴りまくっていた。言うまでもなく紅葉のシーズンも、平日と週末の区別なく活況だった。人口の少ない地方育ちゆえ人混みは大の苦手、毎年春と秋は戦々恐々としていた。もちろん商売している人にとっては、最高の稼ぎどきなんだろうけど。

ともあれ、20代前半の数年間、京都と自分が「ハマった」と思えた瞬間は、ついぞ来なかった。閉鎖的とは聞いていたけれど、学生でもない一介のフリーターにとっては、かなり肩身の狭い街だったことは間違いない。そして京都を経由して東京にたどり着いたときは、そのオープンさにものすごくほっとしたものだ。

「東京は生きた街だった。因習と伝統に塗りこめられた京都とはどこまでも違う。秀は京都の情緒を愛おしく思う一方、東京の勢いを好ましく思った。東京と京都、そのどちらもが好きだった。」

これは、『おそめ―伝説の銀座マダム―』(石井妙子著・新潮文庫)にあった一節。京都と銀座に店を構えた「空飛ぶマダム」、おそめこと上羽秀の半生を綴ったこの本は、ここ数年でいちばん夢中になって貪り読んだ1冊かもしれない。

最近あまり聞かないけれど、「夜の蝶」というと、バーやクラブに勤めるホステスを指す、小悪魔agehaの前身のような言葉。元々は小説のタイトルである。そしてそのモデルこそがおそめなのだ。

川口松太郎の原作小説は未読だが、吉村公三郎が監督した同名映画はめっぽう面白い。おそめをモデルにした京女を山本富士子が、そのライバルで、当時銀座でナンバーワンと謳われたバー「エスポワール」のマダム、川辺るみ子をモデルにした役を京マチ子が演じ、劇中で山村聰を取り合ったりしている。この男のモデルは、なんと白洲次郎という。

白洲次郎はるみ子の恋人だったが、京都に行けばバー「おそめ」の常連であり、おそめの東京進出をバックアップしたとあって、るみ子をやきもきさせる。その三角関係を膨らませたのが『夜の蝶』なのだ。

おそめの他に類を見ない美しさと無垢な人柄、一流文化人がほぼ全員名を連ねる勢いの交友関係、戦後から高度経済成長へと駆け上っていく時代の華やかさなど読みどころの多い1冊だが、『夜の蝶』騒動ひとつとっても、スピードがいまとまるで違うのに驚いた。ゆったりしているかといえば逆で、信じられないくらい早いのだ。昭和32年に某文芸誌の5月号に小説『夜の蝶』が掲載され、6月には単行本が発売、そして小説の発表と同時に映画化が進められ、なんと7月末日には封切られるという異常なスピードである。本はさておき、映画公開までがどう考えても早過ぎる。かといって粗製乱造かというと、これがまた傑作なのだからすごい。この時代は本当に映画界に力があったんだなぁ。スタッフも役者も、絶対全員寝てないと思うけど。

また土地勘のある者としては、頭の中で、かの店に訪ねて行けるのも楽しい。自宅兼バーの「おそめ」があったのは木屋町仏光寺、「高瀬川と鴨川に挟まれた小さな町家づくり」とあり、これだけでだいたいの場所は特定できるし、雰囲気もわかる。一方東京の「おそめ」があったのは銀座三丁目、文祥堂の裏手。もちろんいずれも現存していないものの、その場所にかつてあったという記述だけで想像が膨らみ、胸が踊り出す。

間口の狭い席数わずか6ほどのバーに、夜な夜な川端康成や大佛次郎や小津安二郎がやって来て、酒を飲み、煙草を吸って談笑する。カウンターの中には輝くように真っ白い肌の、凛とした着物姿の女性。聖母のごときアルカイックスマイルを浮かべて、選ばれし客たちを優しく招き入れてくれる。ウイスキーと煙草と、男たちのポマードの匂い。それは昭和のある時代にだけ存在した、本物の大人の世界。そこにいる人たちは「熱海の紅葉は日本一遅い」ということを、絶対知ってるはず。

山内 マリコ

山内 マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR―18 文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『さみしくなったら名前を呼んで』(いずれも幻冬舎)『パリ行ったことないの』(CCCメディアハウス)『かわいい結婚』(講談社)『東京23話』(ポプラ社)などがある。「CREA」「小説すばる」にて長編小説を、「anan」「TV Bros.」等でエッセイを連載中。

illust: M!DOR! photo: Kiyoshi Mori