昼のおでかけ、真夜中の好奇心

山内マリコ 連載エッセイ
【第ニ回】 青山の在り処と、スゴい発見

上京してから何年もの間、「青山」はミステリアスな場所だった。漠然とおしゃれなイメージはあるものの、そんな名前の駅もなく、地名もなく、具体的にどこらあたりを指しているのかわからないし、かといって聞くに聞けない。それが地方出身者にとっての青山である。検索すると案の定、Yahoo!知恵袋に同じ質問があった。駅でいうなら外苑前~表参道~青山一丁目一帯、との回答。ここ数年で行く機会が増え、「たぶんここが青山だな」と踏んでいた場所とピタリと一致した。ふむふむ、思った通り、やはりあそこが青山だったのだ。

(自信を持って)青山の国連大学前広場で毎週末、ファーマーズマーケットが開催されている。このところめっきり古いものが好きになり、都内の骨董市をひと通り巡ってみたいと思っていて、青山のファーマーズマーケットも先日のぞいてみた。オーガニックの野菜やはちみつなどが売られる中、3分の1くらいのスペースにアンティークショップが出店している。外国のものが多く、パリの蚤の市みたいな雰囲気だが、わたしが去年行ったヴァンヴの蚤の市より、確実にいいものが並んでいた(なぜなら本国がマジなガラクタ中心なのに比べ、こちらは買い付けに行った日本人オーナーによって厳選されているから)。小一時間の間にイヤリングと、カフェオレボウルで有名なディゴワン&サルグミンヌのポット、パウンドケーキとお花を購入。

ギリギリ青山からは外れるけれど、はじめて彼の地に最接近したのは、シアター・イメージフォーラムに行ったときだ。渋谷駅から宮益坂をぐーっと上がり、青山通りを少し行って、スターバックスのあった角を曲がる(角のスタバは建て替え工事でなくなっていた)。田舎者の身にとっては、当時かなりの冒険だった。こうして観たい映画に釣られて都内各所にあるミニシアターにせっせと足を運び、マイ東京地図は少しずつ拡張されていった。

先だってもイメージフォーラムで、『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』というドキュメンタリー映画を観た。

2007年、シカゴ在住のアマチュア歴史家ジョン・マルーフという青年が、地元の街並みを写した写真を求めて、オークションでネガフィルムを競り落とした。現像してみると、そこにはローライフレックスで切り取られた1950年代のシカゴの風景が。どの写真も当時の街の息吹や人々の生き様を、鮮やかに捉えている。いわゆる〝決定的瞬間〟を、カメラに収めることができる特別な才能を、神様から与えられている人が撮った感じがする写真だ。しかし撮影者を調べると、プロの写真家ではなく、無名のまま享年83歳で亡くなった女性であることがわかる。さらに興味を引かれるのは、彼女の本職がナニー(乳母)だったということ。ものを捨てられない「溜め込み魔」だったようで、ネガフィルムのみならず、彼女の私物は洋服からクーポンにいたるまで、大量に残されていた。ジョン・マルーフはそれらをごっそり引き取った。彼女の勤め先だった家を訪ねて、彼女に育てられた元・子供たちや、その親である雇用主にインタビューを重ね、この世にも不思議な女性の生涯を紐解いていく。

ヴィヴィアン・マイヤーにまつわる話はいろいろスゴくて、どこからどう驚けばいいのかわからなくなる。事実は小説より奇なりというか、アメリカらしい奇跡というか、すべてのリミッターが完全に振り切れている。写真の才能がありながら、世に出ることなく一生をナニーとして過ごしたヴィヴィアン・マイヤーの人物と生涯はもちろん、いわば彼女を丸ごと競り落とし、文字通り発見した、ジョン・マルーフもスゴい(どうでもいいが、アマチュア歴史家という肩書きはとても素敵だ)。ヴィヴィアン・マイヤーは大変に孤独で難しい人物だったから、もしなんらかの形で世に出ていたとしても、生前に写真家として商業的に成功することはたぶんなかっただろうし、本人にそういう野心もなかったんだろう。

でも、これらの作品が誰にも見られることがないまま失われるのは、もったいない……! そんな思いから、人智を超えたなにかによって、「発見者」としてジョン・マルーフが選ばれたんだと思う(もしガサツな人物に競り落とされていたらと思うと、ぞっとする)。やはりこれは、ジョン・マルーフが380ドルで買ったのではなく、買わされたのだ。「ヴィヴィアン・マイヤーさんの写真を世に送り出す役目は、ジョン・マルーフさんがベスト!」。そんな指令を出され、引き当てられたのが彼なのだ。その期待に応える形で、彼がいい仕事をしたおかげで、わたしたちはこの奇跡のような物語を、写真を、拝むことができる。映画からはヴィヴィアン・マイヤーの人生とともに、ジョン・マルーフが探究心旺盛に、きちんとした責任感を持って、根気強く、自身の使命を全うしようとしている様子が伝わってきた。

ジョン・マルーフが編集したヴィヴィアン・マイヤーの写真集をめくると、いかに才能がほとばしっているかがありありとわかる。高校時代に流行りに乗って一眼レフを手にしたものの、あまりの才能のなさに愕然としたわたしに言わせれば、写真の才能というのは、ない人には本当にないのだ。ヴィヴィアン・マイヤーほどでなくてもいいから、もし写真の才能とローライフレックスのカメラがあったら、わたしは……骨董市の出店者たちのポートレートを撮りたい。

アンティークを並べるお店のオーナーさん、とくに女性はみな、独自のスタイルを確立していて、本当に素敵。彼女たちには共通して、自分の好きなものを究めた人だけが持つ濃厚な雰囲気があり、商品そっちのけでじぃーっと見つめたくなる魅力(というか、ほとんど魔力)がある。

誰も彼もではなく、思わず見惚れてしまう素敵人だけを厳選して撮りたい。もし、才能があればの話だけど。

山内 マリコ

山内 マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR―18文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『さみしくなったら名前を呼んで』(いずれも幻冬舎)『パリ行ったことないの』(CCCメディアハウス)『かわいい結婚』(講談社)『東京23話』(ポプラ社)などがある。「CREA」「小説すばる」にて長編小説を、「anan」「TV Bros.」等でエッセイを連載中。

illust: M!DOR! photo: Kiyoshi Mori