昼のおでかけ、真夜中の好奇心

山内マリコ 連載エッセイ【第10回】
日光と、最古のクラシックホテルへの旅

ネットニュースを見ていたら、「赤坂プリンスホテル跡地に富裕層向けの最高級ホテルが開業」「18階建てのビルを丸々日本旅館にした星のや東京がオープン」の記事が立て続けに目に入った。いずれも東京オリンピックを見越してのものらしく、料金設定からして海外の富裕層向けとのこと。新国立競技場や五輪エンブレム問題が落ち着いてからは、マスコットや開会式の演出など続報は聞こえてこないけれど、ホテル業界の準備だけは着々と進んでいる模様だ。

そもそも東京では、次から次に外資系のホテルが誕生していて、憶えきれないほどの高級ホテルがあちこちに点在している。でも個人的には新しいホテルより、うんと古くて歴史のあるホテルに価値と魅力を感じていて、ここ何年かはずっとクラシックホテル制覇を目指して旅するのを密かな趣味にしていた。

きっかけは軽井沢で、万平ホテルに泊まったことだった。創業は明治27(1894)年の超老舗。ジョン・レノンが定宿にしていたことでも知られ、あの安井かずみと加賀まりこが出会った伝説的な場所でもある。ミーハーな気持ちで背伸びして泊まったこの素晴らしいホテルのロビーに、「クラシックホテルの仲間たち」というポスターが貼られていて、わたしは戦前に作られた6つのクラシックホテルの存在を知った。以来、国内旅行は基本的に、クラシックホテル巡りにあててきた。新婚旅行で箱根の富士屋ホテル、仕事にかこつけて奈良ホテル、家族が泊まるというので東京ステーションホテルにも潜入した(できれば復元工事前に泊まってみたかった)。横浜なんて日帰りで行けるのに、わざわざホテルニューグランドに1泊して王手をかけたのが去年のこと。そうしていよいよ最後の砦である、日光金谷ホテルへ行く決意を固めたのだった。

日光金谷ホテルはもちろん、言うまでもなく日光にある。日光東照宮の、あの日光だ。徳川家康公が祀られ、多くの人は遠足や修学旅行で行ったであろう日本有数の観光地。でもその日光に、わたしは行ったことがなかった。あと、とくに行きたいと思ったこともなかった。今回も東照宮目当てというより、金谷ホテルあっての日光旅行である。

浅草から東武鉄道のスペーシアに乗って約2時間。まずはバスで霧降高原まで行って、一面に咲くニッコウキスゲを観賞することに。都内はTシャツ1枚で余裕だったのに、さすがは高原、肌寒い。見ると、観光客(ほとんどが中高年の方々)はトレッキング用の万全の格好をしているではないか。ニッコウキスゲは山吹色のきれいな花をつけているが、よくよく見ると茎にびっしりアブラムシがたかっていたりしてあなどれない。さらにバスを乗り換え、48ものヘアピンカーブからなるつづら折りのいろは坂を登り、中禅寺湖方面へ。華厳の滝を見て、中禅寺湖をフェリーで巡り、お目当てのイタリア大使館別荘記念公園にどうにかたどり着く。別荘本邸はどっしりした木造二階建てなのに外国を思わせる瀟洒な建物で、杉皮で市松模様に装飾された外壁がいい具合に経年変化して緑の景観にしっくり溶けこんでいた。広縁から湖を眺め、しばし戦前の上流階級の気分を味わう。

この辺りは明治中頃から昭和初期にかけて、大使館や別荘が多く建てられ、外国人の避暑地としてとてもにぎわっていたそうだ。かつてはヨットレースが毎週のように開催されたという活気を想像しながら、山々に囲まれた静かな湖畔をぼんやり見ていたら、あやうく最終バスを逃しそうになってしまった。ダッシュで停留所に向かい、どうにか山を降りて日光金谷ホテルに無事チェックイン。一帯は観光客向けに案内もバスもきちんと整備されているものの、ふくらはぎが破裂するかと思うくらいよく歩いて、その夜はぐったりだった。

この程度で音を上げてしまうのだから、『日本奥地紀行』(イザベラ・バード著、平凡社ライブラリー)みたいな旅なんてわたしには到底無理だ。明治11(1878)年に、東京から日光、新潟、秋田、青森、そして北海道という、西洋人にとっては未踏の地へと果敢に旅した英国人女性旅行家によるこの紀行文を読むと、江戸時代を脱して文明開化を迎えようとしているころの日本の様子がありありと目に浮かんでくる。あまりにも描写が細かいせいで、読み進めるうちにいつしか西洋人の目で昔の日本を覗き見しているような瞬間がある。どこかの発展途上国の映像を見ているように、日本を知らないアジアの国みたいに感じるのだ。

イザベラ・バードの筆致はまったく容赦がなく、好悪を抜きにしたニュートラルな観察結果ではあるけれど、「それ言い過ぎだよ!」とショックを受けてしまう箇所も多い。日本人の体つきがいかに貧相で洋服が似合わないかなんて、「言われなくてもわかってるから!」と涙目で反論したくなってくるが、まあ事実なので仕方ない。景色の美しさは手放しで褒めてくれるものの、蚤だらけで不潔だとか、悪臭が漂ってくるとか、苦情のような現状報告も多数。優秀な通訳のイトウをはじめ、にこやかで優しい車夫など、人柄はみな素晴らしいものの、ちょいちょい「顔が醜い」系のほぼ悪口みたいな感想も挟まれるのでハラハラする。差別的すぎていまなら大炎上必至の内容。しかしとても面白い読み物だった。

そのイザベラ・バードが泊まった金谷カッテージ・インとして登場するのが、ほかでもない日光金谷ホテルだ。現在の建物は明治26(1893)年に建てられたもので、それ以前は主の金谷善一郎が明治6(1873)年から自宅を開放して外国人向けの宿にしていたといい、その自宅も金谷ホテル歴史館として残っている。イザベラ・バードが東京を出発して約1カ月、街道沿いの小汚い宿屋に辟易していた彼女が、ようやく「美しい日本の田園風景」として絶賛した、とても手入れの行き届いた武家屋敷だった。ちなみに、なぜこんなに家がきれいだったのかというと、善一郎は東照宮で笙を演奏する楽人だったものの、「しかし彼のやる仕事はほとんどないので、自分の家と庭園を絶えず美しくするのが主な仕事となっている」からだそう。のどかないいエピソードである。

旅の最後に、ようやく日光東照宮へ足をのばす。御鎮座400年記念ということで、なにかいいことあるのかな~とうきうきしながら行ったら、平成の大修理の真っ最中につき陽明門はテントで隠され、唐門も見えず。だけど三猿と眠り猫はあった! しかしよく見ると彫刻の下には、「塗り直し作業中のため、レプリカです」との張り紙が。こんな張り紙さえなけりゃ、気がつかず幸せだったのにな……。

山内 マリコ

山内 マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR―18 文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。著書に『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)『パリ行ったことないの』(CCCメディアハウス)『かわいい結婚』(講談社)『東京23話』(ポプラ社)などが ある。 最新刊は初のエッセイ集『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』(文春文庫)。「小説すばる」にて長編小説を、「anan」「TV Bros.」等でエッセイを連載中。

illust: M!DOR! photo: Kiyoshi Mori